
ジャズピアノのフィンガリングは、楽譜に固定された指番号を再現する作業ではない。音程関係と次の音への移動を制御するため、演奏中に運指を構築する技術である。クラシックの基礎を捨てる必要はない。しかし、クラシックの運指をそのまま即興演奏へ移植すると、指が音楽の選択を制限する。
黒本などの定番楽譜集に運指番号が記載されていない理由も、ここにある。旋律は原形のまま演奏されるとは限らない。フェイク、装飾、経過音、オクターブ移動、コードに対するアプローチが発生する。そのたびに固定運指は無効になる。
ジャズの楽譜に運指番号がない理由
クラシックの楽譜では、音符、休符、強弱、アーティキュレーション、場合によっては運指までが記譜される。再現すべき対象が比較的明確だからである。作曲者が指定した音列を、指定された時間構造の中で再現する。運指はその再現を安定させる補助情報になる。
ジャズのリードシートは異なる。記載されるのは主旋律とコード進行が中心である。演奏者はその情報から、伴奏のボイシング、リズム、装飾、アドリブの音列を決定する。音符の数が増えるほど、運指の候補も増える。したがって、楽譜上の固定番号は情報として成立しにくい。
ここで運指を次のように定義する。
運指とは、音を出す順番ではなく、次の音へ移動するための物理的な経路である。
たとえば、右手で「ミ―ファ―ソ―ラ―シ」と上行する場合、音名だけを見れば単純である。しかし、これが「ミ―ファ―ソ―ラ♭―ラ―シ♭―シ―ド」という半音を含むフレーズになれば、指の配置は変わる。さらに、最初のミがコードの3度で、次のファがアプローチ音、ソが5度、ラ♭が♭5、ラが6度だとすれば、フレーズの内部には和声的な役割の変化がある。
音列は同じ方向に進んでいても、指の機能は均一ではない。
- コードトーンに着地する音は、音価と発音の明瞭さが必要になる。
- 経過音は、次の音へ移動するための通過点になる。
- アプローチ音は、解決先との半音または全音関係を示す。
- テンションは、コードの根音に対する度数で意味が決まる。
- オクターブ移動では、指の強さより手首と前腕の位置が問題になる。
この区別を無視して、すべての音を同じ強さ、同じ指の独立性で処理すると、フレーズは分断される。ジャズの運指では、すべての音を均等に弾く必要はない。音の機能に応じて、接触、離鍵、重心移動を変える。
黒本の旋律を固定運指で処理しない
黒本の旋律には、一般的なクラシック楽譜のような運指番号がない。これは不親切さではなく、記譜の目的が異なるためである。
旋律をそのまま弾く場合でも、次の条件によって運指は変化する。
- 原旋律を保つのか、フェイクを加えるのか
- 右手だけで弾くのか、左手の伴奏と分担するのか
- 原曲の音域で弾くのか、1オクターブ上へ移すのか
- スウィングの3連符構造で弾くのか、8分音符を均等に処理するのか
- 次の小節でどの音へ解決するのか
- コードトーンを強拍に置くのか、弱拍に置くのか
同じ4音のフレーズでも、次の小節の最初の音が右側にあるか左側にあるかで、最後の指は変わる。運指は一小節単位ではなく、少なくとも次の着地点までを含めて設計する。
コード進行から運指を逆算する
運指を音名から決めると、即興では破綻しやすい。先にコードの構造を分析する。
たとえば、Dマイナー・セブン・フラット・ファイブからGセブン・オルタードを経由してCマイナーへ進む場合、右手の基本的な着地点は次のように考えられる。
- Dマイナー・セブン・フラット・ファイブ:♭3度、♭5度、♭7度
- Gセブン:3度、♭7度
- Cマイナー:3度、5度、7度または6度
Gセブンの3度はシ、♭7度はファである。次のCマイナーでは、シはドへ半音上行し、ファはミ♭またはミへ下降する可能性がある。ここで左右の声部を近接させるなら、運指は「シからド」「ファからミ♭」への移動を優先して決める。スケールの指番号を先に置く必要はない。
ルートレス・ボイシングでも同じである。左手が3度と7度を担当し、右手が9度、♭13度、♯11度などのテンションを担当する場合、右手の配置はコードネームではなく、声部進行で決まる。
ジャズピアノのフィンガリングを構成する要素は、次の順番で整理できる。
1. コードの3度と7度を特定する。
2. その前後の半音アプローチを確認する。
3. 強拍に置く着地点を決める。
4. 着地点へ移動しやすい指を割り当てる。
5. 次のコードの音域を見て、手の位置を調整する。
6. 速い音列では、4指の連続使用を避ける。
7. ただし、必要な場合は4指の独立性で処理する。
この手順では、指番号は最後に決まる。指番号から音列を作るのではない。音列と和声の目的から指番号を決める。
クラシックのスケール運指をどう応用するか
ジャズの運指は自由である。しかし、無秩序ではない。スケールを安定して弾くための基本原則は、クラシックの基礎と共有される。
代表的な原則が、1指、つまり親指で黒鍵を弾かないことである。これは絶対規則ではない。広い音域を移動する場合、黒鍵を親指で処理することもある。しかし、通常のメジャースケールやモードの練習では、1指を白鍵に配置したほうが、手の移動と指の交差を管理しやすい。
ハ長調の右手上行では、基本的に1―2―3で進み、その後に1指をくぐらせる。一般的な指列は1―2―3―1―2―3―4―5である。音階を7音のまとまりとして見るなら、1―2―3と1―2―3―4の「3音+4音」の構造になる。
左手では、下降と上行の方向が反転する。右手と同じ指番号を左右対称に適用すると、手の移動が崩れる。指番号ではなく、黒鍵の位置と白鍵の連続数から判断する必要がある。
1指で黒鍵を弾かない原則の意味
この原則は、親指が弱いから成立しているのではない。親指の位置と手の構造が、黒鍵上での連続運動に不利だからである。
親指は他の指と長さ、関節の向き、可動範囲が異なる。黒鍵は白鍵より奥に位置する。親指を黒鍵へ置くと、手全体が奥へ引かれ、2指から5指の移動範囲が狭くなる。特に、黒鍵と白鍵が混在する高速パッセージでは、手首の角度が変化しやすい。
ただし、ジャズのフレーズではこの原則を機械的に守る必要はない。
たとえば、次のような音列を考える。
- ソ―ラ♭―シ♭―シ―ド
- ミ♭―ファ―ソ♭―ソ―ラ♭
- レ―ミ♭―ファ―ファ♯―ソ
黒鍵が連続する箇所では、1指を避けることがかえって不自然になる場合がある。短いモチーフの内部で手を移動させず、2指、3指、4指を中心に配置したほうが安定することもある。
ここでの判断基準は、原則を守ったかどうかではない。
- 次の音へ手が詰まらず移動できるか
- 強拍の着地点に適切な指を配置できるか
- 音量とタッチを制御できるか
- 反復しても前腕に過剰な緊張が出ないか
- 別の調へ移調しても構造を維持できるか
この5点で判定する。
指くぐりと指越えを音域移動として扱う
上行時の指くぐり、下降時の指越えは、単なる指の技巧ではない。手の位置を次の音域へ移動させるための処理である。
指くぐりでは、親指を他の指の下へ通す。ここで親指だけを動かすと、手首が急に折れる。前腕をわずかに回転させ、親指が次の白鍵へ入る空間を作る必要がある。手のひらを固定したまま指だけを交差させる動作は、速度が上がるほど破綻する。
指越えでは、親指を軸にして2指、3指、4指を越えさせる。下降時に指先だけを伸ばすと、薬指と小指へ負荷が集中する。指越えの直前に手首を進行方向へ移動させると、指の可動範囲を確保できる。
運指練習で確認する対象は、指番号だけではない。
- 鍵盤へ触れる位置
- 指くぐりの瞬間の手首の高さ
- 次の指へ重心が移るタイミング
- 音量が急に変化していないか
- 肘が外側へ逃げていないか
音が正しくても、移動の経路が硬ければ実戦では使えない。
アドリブでは2指と3指を起点にする
速いフレーズでは、すべての指を均等に扱う必要はない。2指と3指は、方向転換と黒鍵への接近に対応しやすい。フレーズの開始音に2指または3指を置くと、前後の音へ移動する余地が生まれる。
たとえば、右手でGセブンに対するオルタード系の音列を処理する場合、音列は次のようになる可能性がある。
- ソ―ラ♭―シ♭―シ―レ♭―ミ♭―ファ
- ラ♭―ラ―シ―レ♭―ミ♭―ファ♭―ファ
- シ―ラ♭―ソ―ファ♯―ファ―ミ
これらは同じスケールを順番に弾く練習ではない。コードトーンとテンションを行き来する断片である。開始音がソなのかラ♭なのかシなのかによって、同じ音列でも最適な指は変わる。
オルタード・テンションと指の選択
Gセブン・オルタードでは、♭9度、♯9度、♭5度、♯5度が主要な変化音になる。Gを根音とした度数で表すと、次のように整理できる。
| 機能 | 音程 | 度数 |
|---|---|---|
| 根音 | ソ | 1度 |
| 変化した9度 | ラ♭ | ♭9度 |
| 変化した9度 | ラ♯ | ♯9度 |
| 変化した5度 | レ♭ | ♭5度 |
| 変化した5度 | ミ♭ | ♯5度 |
| 3度 | シ | 3度 |
| 7度 | ファ | ♭7度 |
実際のアドリブでは、これらの音をすべて同じ比重で並べる必要はない。3度のシへ半音下から接近する、♭9度から♯9度へ移動する、♭5度を経由して3度へ解決する。このように、度数間の距離を設計する。
指の選択も度数間の移動に従う。
- 半音上行では、隣接する指を使って接触を明確にする。
- 黒鍵から白鍵へ移る場合は、2指または3指を着地点に置く。
- 3度へ解決する音は、4指より2指または3指で明瞭に発音する。
- 連続する黒鍵では、1指を無理に入れず、手全体を移動させる。
- 下降フレーズの終点が次のコードの3度なら、終点から逆算する。
「正しい指番号」は存在しない。存在するのは、特定の音列、テンポ、手の大きさ、タッチに対して機能する指番号である。
アドリブの運指は、音階の運指ではない。度数の解決を最短距離で実行する配置である。
フレーズの出だしを固定しない
運指練習では、フレーズの最初の音を常に1指や2指で始める必要はない。むしろ、複数の開始指を試す必要がある。
同じ4音のモチーフを、次のように変更する。
- 2指から開始する
- 3指から開始する
- 4指から開始する
- 1オクターブ上の同音へ移動する
- 逆方向へ反転する
- 最後の音を次のコードの3度へ変更する
この操作によって、指は特定の形だけを記憶しなくなる。アドリブでは、直前のフレーズの終点と次のコードの着地点が毎回変わる。固定パターンだけを反復すると、演奏は速くなっても選択肢が増えない。
3連符と16分音符の処理
3連符では、1拍内の3音を均等に並べることより、アクセント位置と着地点を管理する必要がある。3連符の2音目にコードトーンを置く場合、1音目と3音目は経過音として軽く処理できる。指も、2音目を支えやすい位置に置く。
16分音符では、4音をすべて同じ運動で処理しない。4音単位のまとまりを、2音+2音、3音+1音、1音+3音へ分解する。アクセントが移動するたびに、手の重心も変わる。
具体的には、右手の4音フレーズを次のように練習する。
1. 4音すべてを同じ音量で弾く。
2. 1音目だけを強くする。
3. 2音目だけを強くする。
4. 3音目だけを強くする。
5. 4音目を次の拍の着地点として強調する。
6. 2指開始と3指開始を交互に試す。
7. 低速で運指を固定し、速度を上げる前に手の移動を確認する。
テンポを先に上げると、指の動きが音楽の構造から分離する。速度は結果である。手の移動経路を圧縮した結果として現れる。
薬指の独立性をどう鍛えるか
4指、薬指は、単純な反復運動では遅れやすい。薬指の独立性が不足すると、速い音列で音価が短くなり、音量が落ち、隣の指へ余計な力が伝わる。
ここで必要なのは、薬指だけを強くすることではない。4指を含む組み合わせを、他の指が妨害しない状態で反復することである。
ハノンをそのまま弾かない
ハノンなどのクラシックの基礎練習は、指の均等性と反復運動を整える材料になる。3音+4音のスケール運指も、ジャズの基礎として有効である。
ただし、機械的な音型をそのまま高速で弾いても、ジャズの運指には直結しない。ジャズでは、音型がコード進行とリズムに従って変形するからである。
ハノンを応用する場合は、次のように条件を追加する。
- すべての音を同じ強さで弾かず、3度と7度を強調する。
- 右手と左手で異なるリズムを置く。
- 4音ごとにアクセントを移動させる。
- メジャー、ドリアン、ミクソリディアン、ロクリアンへ移調する。
- 3音目または4音目を半音上げ下げしてアプローチ音にする。
- 上行と下降で異なる運指を試す。
- 左手は根音を避け、3度と7度のルートレス配置を弾く。
たとえば、ハ長調の音階練習にシ♭を加えると、ハ長調の単純な運指ではなく、ヘ長調またはハ・ミクソリディアンに近い配置が現れる。さらにミ♭を加えれば、ハ短調の音階構造が現れる。音階名を暗記するだけではなく、どの度数が変化したかを認識する。
薬指を含む分割練習
薬指の独立性を確認するには、5本の指を均等に動かすより、4指を含む短いパターンを分割したほうがよい。
次の練習を低速で実行する。
1. 2指―3指―4指―5指の順で、隣接音を弾く。
2. 3指―4指―5指―4指と方向を反転する。
3. 2指―4指―3指―5指のように、4指を飛び地へ置く。
4. 4指の音だけを軽くし、前後の音との音量差を確認する。
5. 4指の音だけをコードトーンに変更する。
6. 4指から次の1指へ移動し、手首を固定しない。
7. 同じ型を半音ずつ移調する。
この練習で、薬指を単独の筋力として扱わない。隣接指との連結が目的である。4指だけを強く押し込むと、手の内側が硬くなる。鍵盤を押す深さを増やすより、接触の速度と離鍵の位置を揃える。
脱力は力を消すことではない
ピアノの脱力を、手から力を完全に抜くことと定義してはならない。必要なのは、発音に必要な力以外を残さないことである。
鍵盤を押す直前には、指先の支持が必要になる。音が出た後は、同じ力を保持する必要はない。保持すべきなのは音の長さであり、筋肉の緊張ではない。
確認する対象は次の通りである。
- 肩が上がっていないか
- 肘が固定されていないか
- 手首が上下に跳ねていないか
- 4指を弾いた後に5指まで硬くなっていないか
- 音を出した後も指先を鍵盤へ押し込み続けていないか
- 速度を上げたとき、前腕が回転できているか
音量を出すために指を深く押す必要はない。鍵盤へ入る速度、指先の接触面、腕の重さの配分が関係する。タッチの改善は、指の筋力だけでは完結しない。
ピアノのスケール運指とジャズの即興を接続する
スケール練習の目的を、音階を速く弾くことに限定すると、アドリブとの接続が切れる。スケールは音の集合であり、ジャズではその中からコードに対する機能を選び出す。
Cメジャー・セブン上で、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シを弾く場合、すべての音が同じ機能を持つわけではない。
- ドは根音
- ミは3度
- ソは5度
- シは7度
- レは9度
- ラは6度
- ファは4度または11度
特にファは、ミとの半音関係を持つ。コードの上で長く保持すれば、3度との衝突が生じる。短い経過音として使うなら機能する。運指もこの違いに対応させる必要がある。
3度へ解決するファは、ミへ移動しやすい指で処理する。9度のレから3度のミへ進むなら、隣接指で滑らかに接続できる。5度のソから9度のレへ跳躍するなら、指の交差より手の移動を使う。音程が大きいのに、指だけで届かせようとすると手首が硬直する。
モードごとに運指を作り直す
ドリアン、ミクソリディアン、ロクリアンなどのモードを、メジャースケールの開始位置だけを変えて弾く方法は、初期段階では有効である。しかし、実際のアドリブではコードトーンの配置とフレーズの着地点が優先される。
Dドリアンを例に取ると、1度、♭3度、5度、♭7度が骨格になる。右手のフレーズでは、2指や3指を♭3度、つまりファに置くと、前後のミ、ソへの移動が整理しやすい場合がある。一方、上行のスケール全体を弾く場合は、通常の白鍵運指が機能する。
ここで2種類の運指を区別する。
| 運指の種類 | 目的 | 判断基準 |
|---|---|---|
| スケール運指 | 音域を連続して移動する | 黒鍵の位置、指くぐり、指越え |
| フレーズ運指 | 特定の音へ解決する | コードトーン、テンション、着地点 |
| ボイシング運指 | 複数音を同時に保持する | 音程、手の大きさ、声部進行 |
| リズム運指 | アクセントと発音を揃える | 強拍、弱拍、離鍵の位置 |
| オクターブ運指 | 音域を移動する | 手首、前腕、跳躍距離 |
スケール運指をフレーズ運指へ変換するとき、同じ指列を維持する必要はない。むしろ、変換できなければ、スケール練習が即興演奏の材料になっていない。
半音移調で運指の依存を減らす
一つの調で弾ける運指を、そのまま暗記しても応用範囲は狭い。半音ずつ移調すると、黒鍵の配置が変わり、指の弱点が露出する。
移調の順番は複雑でなくてよい。
1. ハ長調またはイ短調で音型を確認する。
2. 半音上へ移動する。
3. 1指で黒鍵を弾く箇所が出たら、別の運指を試す。
4. 同じ音型を3指開始、2指開始で弾く。
5. コード進行へ戻し、3度または7度へ解決させる。
調が変わると、鍵盤上の物理構造が変わる。これを避けると、耳と手の結びつきが弱くなる。ジャズの基礎練習では、12調を同じ指番号で弾くことより、12調で同じ度数関係を維持することが優先される。
ジャズとクラシックでは、運指を計画する時間が異なる
クラシックでは、演奏前に運指を決定し、その決定を反復によって自動化する。ジャズでは、演奏中に音列を選択する。選択後に運指を決める時間は短い。したがって、指は単一の運動プログラムではなく、複数の経路を保持する必要がある。
2018年に発表されたマックス・プランク研究所系の神経科学研究では、クラシックピアニストとジャズピアニストの演奏中に、運動制御や事前計画に関わる脳の働きの違いが示された。これは、ジャズピアノでは事前に固定された運動だけでなく、演奏中の選択と修正が運動制御へ組み込まれていることと整合する。
この研究から、ジャズ奏者の脳は特別な構造を持つと短絡してはならない。訓練によって、要求される予測と選択の形式が変わると解釈するべきである。
クラシックの練習では、誤りを減らすために同じ運指を反復する。ジャズの練習では、同じ素材に対して異なる運指と異なる着地点を試す。両者は対立しない。目的が異なるだけである。
事前計画を短くする練習
即興中に運指を無意識で選べるようにするには、音名と指番号を直接結びつけない。度数と移動方向を結びつける。
たとえば、GセブンからCメジャーへ進む場合、次の解決を練習する。
- Gセブンの3度シからCの根音ドへ半音上行
- Gセブンの♭7度ファからCの3度ミへ半音下降
- Gセブンの♭9度ラ♭からGまたはソへ解決
- Gセブンの♯5度ミ♭からDまたはレへ移動
- Gセブンの♭5度レ♭からドまたはシへ解決
各音に固定の指を割り当てるのではなく、解決音を2指、3指、4指のいずれかで受ける。次に、開始音を変える。最後に、リズムを変える。
この練習では、音の正確さだけでなく、反応の遅延を確認する。運指の選択に時間がかかるなら、フレーズを短くする。1小節を弾けない場合は、2拍へ分解する。2拍が不安定なら、3音のセルへ分解する。
小さな単位で複数の選択肢を保持するほうが、長いフレーズを一つの形として暗記するより、即興に移行しやすい。
メトロノームは速度計ではなく、空白の測定器である
メトロノーム練習を、単にテンポを上げる作業と定義してはならない。メトロノームは、音を弾いていない時間の精度を測る装置である。
ジャズのフレーズでは、すべての音が拍の頭に置かれるわけではない。裏拍、3連符の中間、次の拍への先行音がある。運指が不安定だと、音が遅れ、指の交換が早くなり、フレーズの内部時間が崩れる。
次の順で練習する。
1. メトロノームを遅いテンポに設定する。
2. クリックを4分音符として聴き、フレーズを8分音符で弾く。
3. クリックを2拍目と4拍目だけに感じる。
4. クリックのない空間で、フレーズの着地点を保つ。
5. 3連符の1音目だけ、2音目だけ、3音目だけへアクセントを移す。
6. 同じフレーズを異なる開始指で弾く。
7. 音数を減らしても、拍の位置と運指の経路を維持する。
速度を上げるのは最後でよい。指の反応が遅い原因が、筋力不足とは限らない。手の移動が遅い、着地点が決まっていない、アクセントの位置が曖昧、離鍵が遅い。これらを分解せずにテンポだけを上げると、誤差も拡大する。
メトロノームに合わせるとは、音をクリックへ貼り付けることではない。クリックの間隔を内部で分割し、着地点を予測することである。
リズム練習と運指を分離しない
運指を無音で確認する練習には限界がある。ジャズのフィンガリングは、音の発音位置と連動するからである。
同じ音列を次のリズムで処理する。
- すべて均等な8分音符
- 1音目を長く、2音目を短くするスウィング
- 2音目を裏拍へ置く
- 3連符の後半2音を連続させる
- 4音目を次の拍へ食い込ませる
リズムが変わると、同じ運指でも指に要求される接触時間が変化する。長い音を薬指で保持し、短い経過音を2指で処理する場合もある。指の均等性だけを目的にすると、リズムの階層を消してしまう。
左手の運指はボイシングの構造で決まる
ジャズピアノの運指を右手のアドリブだけで考えると、演奏全体の安定性を失う。左手のボイシングも、音域と声部進行に応じて運指を決める必要がある。
ルートレス・ボイシングの基本形では、左手が3度と7度、あるいは7度と3度を担当する。たとえば、Gセブンならシとファ、Cメジャー・セブンならミとシを配置する。
この2音は、指の形だけを覚えても不十分である。
- シ―ファの減5度
- ミ―シの完全5度
- ファ―シの増4度
- シ♭―ミ♭の完全4度
同じ2音でも、音程の種類と手の大きさによって使用指が変わる。一般には1指と3指、1指と4指などを使い分けるが、手の大きさ、鍵盤の深さ、同時発音の強さによって最適解は異なる。
左手の運指で避けるべきなのは、手の形を固定したまま全コードを処理することである。コード進行に伴って声部が半音または全音で移動するなら、指も完全に固定する必要はない。指を滑らせるのではなく、手の位置を次のボイシングへ移動させる。
ボイシングから右手の運指を逆算する
左手で3度と7度を弾くと、右手は9度、13度、変化テンション、メロディを担当する。ここで右手の運指をスケールから決めるのではなく、左手との音域関係から決める。
たとえば、左手がGセブンのシとファを弾き、右手がラ、ミ、ラ♭を含む場合、右手のラは9度、ミは13度、ラ♭は♭9度である。これらを近接配置するか、広げるかで手の形が変わる。
右手の内声が次のコードで半音移動するなら、その内声を2指または3指で処理すると、外声の保持が容易になる。逆にメロディを5指で保持する場合、内声へ1指を入れる必要が生じる。どの声部を優先するかが、運指を決定する。
音の数が増えるほど、運指は和音の形ではなく声部の優先順位で決まる。
実践用の基礎練習を組み直す
ジャズピアノの基礎練習は、指を動かす練習、スケールを弾く練習、コードを押さえる練習に分離しすぎないほうがよい。必要なのは、音列、度数、リズム、運指を一つの単位として扱うことである。
1日目から使える練習単位
以下の順番で練習すると、運指の目的が曖昧になりにくい。
1. 3音の解決セルを作る
ドミナントのテンション、半音アプローチ、トニックの3度など、3音だけを選ぶ。たとえば、ラ♭―シ―ドのように、♭9度から3度、根音へ移動する。2指開始、3指開始を試し、着地点の発音を揃える。
2. 同じセルを12調へ移調する
音名ではなく、♭9度―3度―1度という度数で考える。鍵盤上の黒鍵の位置が変わるため、固定運指への依存が露出する。
3. リズムを3種類へ変更する
均等な8分音符、スウィング、3連符へ変える。音列が同じでも、運指の接触時間が変わる。
4. 開始指を変更する
2指、3指、4指から開始する。同じ運指だけに依存すると、次のコードへの接続が狭くなる。
5. 左手のルートレス・ボイシングを加える
3度と7度を左手に置き、右手のセルをコードの上で弾く。和声と指の距離を同時に確認する。
6. メトロノームのクリックを減らす
4分音符、2拍目と4拍目、1小節に1回という順番で、内部の時間構造を確認する。
7. 録音して音量差を確認する
薬指だけが弱い、親指だけが強い、着地点が遅れる。この種の誤差は、演奏中の感覚だけでは判定しにくい。
基礎練習で記録する項目
練習記録に、単純なテンポだけを書いても情報量が少ない。次の項目を残す。
- 調
- 使用した度数
- フレーズの開始指
- フレーズの終止指
- 最高音と最低音
- 右手のアクセント位置
- 左手ボイシングの種類
- 4指を使用した箇所
- 音の遅れが出た位置
- 前腕または手首に緊張が出た箇所
これらを記録すると、問題が指の速度なのか、移動距離なのか、和声の未整理なのかを分離できる。
運指を決めるときの禁止事項
ジャズピアノのフィンガリングで、次の判断は避けるべきである。
- 1指で黒鍵を弾いたから即座に誤りとする
- クラシックと違う指使いをしたから崩れていると判断する
- 速く弾けた運指を、遅いテンポでも無条件に採用する
- 指の強さだけで薬指の問題を解決しようとする
- 音列を暗記し、度数を確認しない
- 一つのフレーズに一つの運指しか認めない
- 手首を固定したまま指だけで音域を移動する
- メトロノームのテンポを成果の唯一の基準にする
運指は、音楽的な目的を達成するための手段である。目的から切り離された規則は、別の制約になる。
代替可能なヴォイシングと運指のパターン
最後に、同じ和声機能を異なる手の配置で処理するパターンを整理する。ここでも唯一の正解は設定しない。音域、テンポ、メロディの位置によって選択する。
ドミナント・セブンの左手
- 3度―7度
Gセブンならシ―ファ。最も基本的なルートレス配置である。
- 7度―3度
ファ―シ。上声部を3度へ置きたい場合に使う。
- 3度―13度
シ―ミ。7度を省略し、明るい上部構造を作る配置である。
- 7度―♭9度
ファ―ラ♭。緊張を明確にし、次のトニックへ半音解決させる。
右手のアドリブ運指
- 2指開始
フレーズの前後へ移動しやすい。短いモチーフと半音アプローチに適する。
- 3指開始
黒鍵を含む中音域の旋律に対応しやすい。上下方向の変更も処理しやすい。
- 4指開始
直後に2指や1指へ移動するフレーズで機能する。ただし、薬指の独立性が必要になる。
- 1指開始
白鍵の連続、短い音型、手の位置を固定した内部運動で使う。黒鍵上での連続使用は避ける。
- 5指終止
高音のメロディや長い音価に適する。次のフレーズへ移動する場合は、手全体の再配置が必要になる。
スケールからフレーズへ変換する手順
- スケールを7音の順番で弾く
- 3度ごとに区切る
- 3度と7度だけを残す
- 9度、13度、変化テンションを追加する
- 半音下または半音上から着地点へ接近する
- 各区切りに異なる開始指を設定する
- コード進行へ配置する
- 最後にスウィングまたは3連符のリズムを与える
この順序なら、運指は音階の再現から和声的な移動へ変換される。練習の対象は指ではなく、度数間の経路である。
ジャズピアノの運指に、クラシックと完全に異なる別体系があるわけではない。スケール運指、指くぐり、指越え、親指の配置、指の独立性という基礎は共有される。相違点は、運指を事前に固定する範囲にある。
クラシックでは、再現のために運指を固定する。ジャズでは、選択のために運指を複数保持する。1指で黒鍵を弾かない原則は出発点であり、到着点ではない。ハノンは指の均等性を整えるが、アドリブの運指を自動的には生成しない。メトロノームは速度を上げる道具ではなく、音と音の間隔を測定する道具である。
最終的に必要なのは、指番号の暗記ではない。コードの3度、7度、テンション、半音解決を見た瞬間に、複数の運指経路を選択できる状態である。
音が主語になる。指はその音を実現する経路である。運指が音楽を支配した時点で、即興の自由度は失われる。
Related reading: ジャズピアノの指使い:黒鍵に親指を置く運指ルールと練習法 and ジャズピアノのタッチ改善:スイング感を生む裏拍アクセントの習得法.