
ジャズピアノの即興では、音色の美しさだけでなく、鍵盤を押してから音が立ち上がるまでの感触、弱く触れたときの息づかい、強く弾いたときの芯の出方が、フレーズの自由度にそのまま関わります。そこで気になってくるのが、ピアノ音源の「物理モデリング」と「サンプリング」の違いです。
サンプリング音源は、実際のグランドピアノなどをマイクで録音したデータを再生します。一方、物理モデリング音源は、ハンマーが弦を叩き、弦の振動が響板や筐体へ伝わる過程を演算によって再現します。どちらもピアノらしい音を目指していますが、鍵盤に対する音の返り方、音色変化の連続性、必要な機材環境には、はっきりした違いがあります。
今日は、ジャズの即興演奏という視点から、ピアノ音源の発音の仕組みを一緒に見ていきましょう。高価な音源を買えば、いきなりアドリブが自由になるわけではありません。でも、自分の弾き方に合う方式を選べると、練習中に感じる小さな引っかかりが、少しずつ減っていきます。
サンプリング音源は「録音されたピアノ」を呼び出している
サンプリング音源の基本は、とても素直です。実機のピアノをさまざまな強さ、音域、ペダリングで演奏し、その音を録音しておきます。演奏者が鍵盤を押すと、入力された音の高さや強さに近い録音データが選ばれ、再生される仕組みです。
たとえば、同じドの音でも、弱く弾いたときと強く弾いたときでは、録音されている音の候補が異なります。MIDIのベロシティは1から127までの128段階で扱われますが、実際の音源では、そのすべての段階を別々の録音として持っているわけではありません。いくつかの強弱ごとに録音した「ベロシティレイヤー」を切り替えたり、音量や音色を補間したりして、演奏のダイナミクスを作っています。
ここに、サンプリング音源の魅力と限界があります。
録音された音には、実機の弦、ハンマー、響板、マイク、部屋の空気が含まれています。うまく作られた音源では、単に鍵盤の音が鳴るだけではなく、グランドピアノ特有の奥行きや、低音の厚み、高音のきらめきまで感じられます。音色の方向性が最初から具体的なので、ロードして弾き始めた時点で、演奏のイメージをつかみやすいのですよね。
一方で、録音データを再生する方式には、音の境目が生まれることがあります。弱く弾いた音から中くらいの強さへ移るとき、あるレイヤーから別のレイヤーへ切り替わるためです。通常の演奏では気にならなくても、同じ音を何度も細かく強弱変化させるフレーズや、音量を抑えたまま粒立ちを出すバラードでは、音色の変化が少し段階的に聞こえる場合があります。
もちろん、これはサンプリング音源が不自然だという意味ではありません。録音方式は長く改良されており、ラウンドロビン、ベロシティカーブ、ペダルノイズ、弦の共鳴、ハンマー音など、実機らしさを支える要素が細かく組み込まれています。ただし、そのリアルさは「録音されたピアノのリアルさ」です。鍵盤を押した瞬間に毎回まったく同じ条件で音が生まれるのではなく、用意された録音データの中から、入力に合うものが選ばれていきます。
サンプリング音源の強み
ジャズピアノでサンプリング音源を使う場合、次のような長所が演奏に直結しやすいでしょう。
- 実在するグランドピアノの音色を、比較的はっきりした個性のまま使える
- マイク位置やホールの響きまで含めた、完成度の高い音場を得やすい
- 録音や打ち込みで、最初からまとまりのあるピアノサウンドを作りやすい
- CPU負荷よりも、音源データを保存するストレージ容量が選定の中心になりやすい
- 同じ音源を使えば、練習時と制作時の音色を近づけやすい
特に、ジャズトリオのようにピアノが音楽の中心にいて、左手のボイシングから右手のアドリブまで一つの楽器として聞かせたいとき、実機の録音を基にした音源は頼りになります。音色そのものが演奏を支えてくれる感覚があるからです。
ただ、サンプリング音源は大容量になりやすい傾向があります。データ容量は数GBから数十GB以上に及ぶものもあり、保存先にはSSDなどの余裕が必要です。音源を複数導入すると、いつの間にかパソコンの空き容量が少なくなっていることもあります。音源を選ぶとき、音の印象ばかりに耳を向けてしまいがちですが、インストール先や読み込み速度まで含めて考えると、あとから慌てずに済みます。
物理モデリング音源は、音の生まれる過程を計算する
物理モデリング音源は、録音データを呼び出すのではなく、ピアノの発音過程を物理的な計算でシミュレートします。
鍵盤を押す。アクションが動く。ハンマーが弦を叩く。弦が振動する。その振動が響板や筐体に伝わり、ペダル操作によって他の弦やダンパーの状態も変わる。こうした一連の動きを、音源ソフトがリアルタイムで計算して音にします。
代表例として知られているものに、ModarttのPianoteqがあります。物理モデリング方式のピアノ音源は、サンプリング音源のように大量の録音データを保存する必要がないため、データ容量が数十MB程度と小さい場合があります。音源をたくさん保管したい人や、ノートパソコンのストレージを圧迫したくない人にとっては、これはかなり大きな利点です。
そして、ジャズの即興で注目したいのが、ベロシティレイヤーの継ぎ目がないことです。
サンプリング音源では、録音された強弱の間を補間しながら音を作ります。物理モデリング音源では、鍵盤から入力されたベロシティに応じて、ハンマーの動きや弦へのエネルギーの伝わり方を連続的に計算します。もちろん、ソフトウェアごとに実装の違いはありますが、弱音から強音へ移るときの音色変化が滑らかで、細かなタッチの違いがそのまま音へ反映されやすいのが特徴です。
ジャズのフレーズは、楽譜に書かれた音符の長さや強弱記号だけでは決まりません。同じ音量で弾いているように見えても、少しだけ前へ出す音、あえて奥へ置く音、次の音へつなぐために指を残す音があります。右手の単音フレーズであっても、すべての音を同じ強さで鳴らすわけではありません。
この細かな差を、物理モデリング音源は受け止めやすい傾向があります。
ジャズで欲しい応答性は、音が大きく鳴る速さだけではなく、弱く触れたときに音がどれだけ細く息をしてくれるかです。
連続的な音色変化が、即興でどう効くのか
物理モデリング音源を弾いていると、音色の変化を自分の指で探しやすくなります。鍵盤の奥までしっかり押し込んだときの芯、指先だけでそっと置いたときの柔らかさ、少し遅れてハンマーが弦へ届くような弱音の表情。こうした差を、音源側が段階ではなく連続した変化として扱います。
これは、テンポの速いバップフレーズだけに有効なものではありません。むしろ、コードを一度に鳴らさず、数ミリ秒の感覚で音をずらして置くようなコンピングや、メロディの途中に小さなアクセントを忍ばせる演奏で、違いが分かりやすくなります。
ただし、物理モデリング音源は「弾けば勝手に表情がつく」ものではありません。入力されたベロシティが極端に均一なら、出てくる音も均一になります。音源の応答性が高いほど、自分のタッチの癖もよく聞こえるようになるのです。
右手の指がいつも同じ強さで落ちている。左手のコードだけが強く、メロディが埋もれている。休符の前で鍵盤を離すタイミングがそろっていない。こうした部分まで、物理モデリング音源は比較的正直に返してきます。
最初は少し厳しく感じるかもしれません。でも、その厳しさは、練習相手としては悪くありません。音源が自分の演奏を細かく映してくれると、どこを整えればフレーズが歌うのかが見えやすくなります。私は、音がきれいに聞こえることよりも、弾いた結果と指の動きが結びついていることを大切にしたいと思っています。
ジャズの即興で比べたいのは、音色より「返ってくる情報」
ピアノ音源の比較では、つい音色の好みから話が始まります。明るいか、暗いか、乾いているか、ホール感があるか。もちろん、それは大切です。けれども、即興演奏を中心に考えるなら、もう一つ確認したい軸があります。
それは、鍵盤を弾いた結果が、演奏者へどれだけ速く、細かく返ってくるかです。
ここでいう応答性には、いくつかの要素が含まれます。
- 鍵盤を押してから音が立ち上がるまでの遅れ
- ベロシティに対する音量と音色の変化
- 弱音で弾いたときの発音の安定感
- ペダルや離鍵による余韻の変化
- 和音を鳴らしたときの共鳴や音の重なり方
- 演奏中に音源が処理落ちせず、一定の反応を保てるか
サンプリング音源も、適切に設定されていれば十分に自然な演奏ができます。高品質な音源では、さまざまなベロシティレイヤーや共鳴サンプルが用意され、ピアノらしい反応を細かく再現しています。
ただ、音の変化が録音データの切り替えに依存する以上、入力に対する反応の作り方は物理モデリング音源とは異なります。サンプリング音源は、完成された録音の質感を借りる方式。物理モデリング音源は、鍵盤から音が生まれる仕組みそのものを動かす方式です。
この差は、特に次のような演奏で表れやすくなります。
1. 弱音の中でフレーズを動かす
ジャズバラードやイントロでは、音量を抑えたまま旋律を前へ進める場面があります。大きな音を出さずに、音の芯だけを残したい。指の腹を鍵盤に近づけ、押し込むというより、鍵盤の戻りを感じながら触れていくような演奏です。
このとき、音源が弱い入力を単に小さな音量へ変換するだけだと、表情が単調になりやすい場合があります。物理モデリング音源では、弱いハンマーの動きや弦の振動を計算するため、音量だけでなく音色の細かな変化が出やすい傾向があります。
2. コンピングの一音だけを前へ出す
左手のシェルボイシングや、右手を使ったリズミックなコンピングでは、コード全体を同じ強さで鳴らす必要はありません。3度だけ少し目立たせる、7度を柔らかく置く、トップノートを短く残す。こうした操作が、アンサンブルの中でコードの意味を作ります。
複数の音を同時に入力したとき、それぞれのベロシティに音源がどのように反応するかは重要です。物理モデリング方式では、音の重なりや共鳴が演算によって生まれるため、同じコードでも弾き方による印象の差を作りやすいでしょう。
3. 速いフレーズのアクセントを整える
テンポが上がると、右手の指は音符を弾くことだけで精いっぱいになり、アクセントがすべて同じ場所へ集まってしまいます。私自身も、速いパッセージで手首が固まり、フレーズの頭を必要以上に強く叩いてしまう感覚には何度も向き合ってきました。
このとき音源の応答が一定でないと、演奏者は自分のタッチの問題なのか、音源の変化なのかを判断しづらくなります。反応が滑らかな音源なら、どの音を少し軽くし、どこに重心を置いたのかを耳で追いやすくなります。
4. ペダルを含めた余韻を聞く
ジャズでは、クラシックのようにペダルを深く踏み続けるとは限りません。コードの濁りを避けるために浅く踏み替えたり、フレーズの終わりだけに余韻を残したりします。
音源によっては、ペダルを踏んだときの響きが非常に豊かな一方で、部屋の残響まで大きく加わり、細かいボイシングが聞き取りにくくなることもあります。サンプリング音源では録音された空間の個性が強く出やすく、物理モデリング音源では響きの条件を比較的細かく調整できる場合があります。
どちらが良いかは、弾く場所と目的によって変わります。夜にヘッドホンでコード練習をするなら、響きが整理されているほうが、指の動きや離鍵を確認しやすいですよね。
物理モデリングとサンプリングの違いを整理する
ここまでの内容を、ジャズの即興演奏に関わる観点でまとめてみましょう。どちらかを優劣で決めるためではなく、自分の練習環境にどちらの性格が合うかを見るための表です。
| 比較する項目 | サンプリング音源 | 物理モデリング音源 |
|---|---|---|
| 発音の仕組み | 実機の録音データを再生する | ハンマー、弦、響板などの挙動を演算する |
| 音色の個性 | 録音した実機やマイク、空間の個性が強い | パラメーター設定で音色を調整しやすい |
| ベロシティへの反応 | 複数の録音レイヤーを切り替えて表現する | 入力に応じて連続的な変化を作りやすい |
| データ容量 | 数GBから数十GB以上になる場合がある | 数十MB程度の小容量で動作する製品がある |
| CPU負荷 | 音源や設定によるが、ストレージ性能も関係する | リアルタイム計算のためCPU負荷が高くなる場合がある |
| 共鳴の表現 | 収録されたサンプルと再生処理で再現する | 弦や筐体の状態を演算して変化させる |
| 即興との相性 | 完成された音色で演奏の方向性を作りやすい | タッチの差を細かく確認しやすい |
| 向いている使い方 | 録音、楽曲制作、特定のピアノ音色の再現 | 練習、即興、タッチ研究、音色の微調整 |
| 機材選びの注意点 | SSD容量と読み込み環境 | CPU性能、バッファー設定、発熱や処理負荷 |
サンプリング音源は、音の完成度をすぐに得たい人に向いています。録音されたピアノの存在感があり、再生した瞬間から楽曲の中へ入りやすい。反対に、物理モデリング音源は、演奏者の入力に対する音の変化を細かく探したい人に向いています。
ただし、表の「向いている使い方」は固定された分類ではありません。サンプリング音源で毎日スケールを練習してもよいですし、物理モデリング音源で作品を録音してもよいのです。音源方式の違いは、用途を限定するものではなく、演奏者へ返される情報の質が違う、と考えると分かりやすくなります。
ベロシティカーブを整えないと、音源の良さが見えない
「物理モデリング音源に替えたら、タッチがよく分かるようになった」と感じる人がいる一方で、「音が軽い」「強く弾かないと鳴らない」と感じる人もいます。ここで見落としやすいのが、MIDIキーボードや電子ピアノ側のベロシティカーブです。
同じベロシティ値でも、鍵盤の機種によって出力のされ方は異なります。弱く弾いたつもりなのに値が大きく出る鍵盤もあれば、かなり強く押し込まないと高い値へ届かない鍵盤もあります。音源そのものの性能だけを比べているつもりが、実際には鍵盤と音源の組み合わせを比べていることになるのですね。
まず、簡単なフレーズを使って確認してみましょう。
1. 右手で同じ音を、弱いタッチから少しずつ強いタッチへ変えながら弾く
2. 音量だけでなく、音色の明るさやアタックの硬さがどう変わるか聞く
3. MIDIモニターがあれば、弱音・中音量・強音でベロシティ値を確認する
4. 低い音域と高い音域で、同じ力の入力が似た反応になるか比べる
5. その後、短いジャズフレーズを弾き、アクセントが意図した場所へ出るか確かめる
このとき、いきなり難しいアドリブを弾かなくて大丈夫です。たとえば、ドミナントコード上で3音程度の短いモチーフを繰り返し、最後の音だけ少し強くする。これだけでも、ベロシティカーブと音源の応答性はかなり見えてきます。
音源を変える前に、鍵盤側のカーブを調整するだけで弾きやすくなることもあります。弱音が出しにくいなら、弱い入力をもう少し広い音量幅へ割り当てる。強音がすぐに頭打ちになるなら、カーブをなだらかにする。設定の名称は機種によって異なりますが、ここを触らずに音源だけを評価すると、少しもったいないのです。
レイテンシーと応答性は同じではない
ジャズピアノの音源を選ぶとき、「応答が速い」という言葉の中に、いくつかの異なる問題が混ざりやすくなります。
一つは、鍵盤を押してから音が出るまでのレイテンシーです。これはオーディオインターフェース、ドライバー、バッファーサイズ、パソコンの処理能力、音源の設定などに左右されます。
もう一つは、音が出るまでの時間は短くても、ベロシティの変化が音色へ自然に反映されるかという問題です。こちらは音源の設計や鍵盤の出力特性に関係します。
音が遅れて聞こえるなら、まずオーディオ設定を見直します。サンプルレートやバッファーサイズを変更し、CPU負荷とのバランスを探します。24bit/48kHzを基準にする環境もあれば、96kHzや192kHzで動作させることを検討する場面もありますが、高いサンプルレートにすれば、すべての環境で演奏が快適になるわけではありません。処理量が増え、CPUに余裕がなくなる可能性もあります。
物理モデリング音源は容量が小さいから軽い、とは限りません。保存容量は少なくても、発音のたびにリアルタイム計算を行うため、高サンプルレートでの使用や複雑な共鳴処理では、相応のマシンパワーが必要になる場合があります。
この二つを分けて考えるだけで、音源選びの迷いはかなり減ります。音が遅いなら環境の問題かもしれない。音はすぐ出るけれどタッチの段差が気になるなら、音源方式やベロシティ処理の問題かもしれない。耳で感じた違和感を、少し分解してみましょう。
自宅の練習環境では、CPUとストレージのどちらを優先するか
ピアノ音源を導入する際、音源の価格だけで判断すると、あとから環境づくりで困ることがあります。
サンプリング音源の場合、最初に気になるのはストレージです。音源データが大きければ、インストール先に余裕が必要です。内蔵ストレージが少ないノートパソコンでは、外付けSSDを使う構成も考えられます。読み込み速度や接続の安定性によって、ライブラリの扱いやすさが変わるため、保存場所は後回しにしないほうが安心です。
複数のグランドピアノ音源を持ちたい人は、特に容量を意識しておきたいところです。音源ごとに異なるピアノの個性を楽しめる反面、保存データは積み上がっていきます。必要な音源だけを残し、使用頻度の低いライブラリを別のストレージへ移すだけでも、パソコンの動作は管理しやすくなります。
物理モデリング音源の場合は、CPUとリアルタイム処理の安定性が中心になります。音源によっては、弦の共鳴、ハンマー音、ペダルノイズ、部屋の響きなどを細かく設定できます。これらの要素を増やすほど、演算量が大きくなる場合があります。
練習中に音が途切れる、ノイズが出る、和音を重ねたときだけ処理落ちするという状態では、どれほど応答性の高い音源でも集中できません。音源の設定を軽くしたり、バッファーを調整したり、不要なソフトを閉じたりして、まず安定して音が出る状態を作りましょう。
私が機材を選ぶときは、最高品質の設定で一瞬だけ鳴らせるかよりも、夜の練習で何十分も落ち着いて弾けるかを重く見ます。ジャズの練習は、短いフレーズを繰り返し、少しずつ呼吸を整えていく時間です。途中で音が止まる環境では、指より先に気持ちが固まってしまいますから。
ヘッドホン練習では、音の近さに注意する
自宅で電子ピアノやMIDIキーボードを使うなら、ヘッドホンで音を確認することが多いと思います。ここでは、音源のリアルさが必ずしも弾きやすさに直結しません。
サンプリング音源は、マイクで録音された位置によって、音が遠く感じたり、鍵盤の近くで鳴っているように感じたりします。ホール感が豊かな音源は、録音には美しくても、指の粒を確認する練習では少し響きが多すぎることがあります。
物理モデリング音源は、マイク位置や響きの量を調整できるものもあり、練習用の近い音から、少し距離のある録音向けの音まで設定しやすい場合があります。音色を作り込むことが好きな人には魅力ですが、設定項目が多いぶん、音を選ぶ時間が長くなりやすい点には気をつけたいですね。
練習用の音色は、華やかさよりも自分の音の輪郭が分かることを優先してみましょう。左手の3度と7度が濁っていないか、右手のゴーストノートが大きすぎないか、ペダルを離した瞬間に余韻が整理されるか。こうした確認ができれば、音源は静かに練習を支えてくれます。
電子ピアノに搭載される音源方式と価格帯
物理モデリング音源は、ソフトウェアだけでなく、一部の電子ピアノにも採用されています。電子ピアノの音源方式を見ていると、モデリング音源は15万円以上の高価格帯モデルを中心に搭載されている傾向があります。
ただし、価格が高いから物理モデリング音源、価格が低いからサンプリング音源という単純な話ではありません。電子ピアノは、鍵盤機構、スピーカー、ペダル、筐体、アンプ、音源処理を含めた総合的な楽器です。音源方式だけで弾き心地が決まるわけではありません。
ジャズピアノの練習で見るなら、次のような順番で考えると、機材の比較が落ち着いてできます。
- まず、鍵盤の重さと戻り方が、自分の指に無理なく合っているかを見る
- 次に、弱音から中音量までのベロシティが扱いやすいか確認する
- ペダルを浅く踏み替えたとき、コードの濁りが整理されるか聞く
- ヘッドホンとスピーカーの両方で、音の距離感を確かめる
- 内蔵音源だけで使うのか、将来VSTピアノ音源を接続するのか決める
- 夜間練習なら、鍵盤の打鍵音やペダルの機械音も含めて考える
電子ピアノを単体で使う場合、内蔵音源の操作性はとても大切です。電源を入れてすぐ弾けること、音色を迷わず選べること、録音やMIDI記録が簡単にできることは、練習の継続に影響します。
一方で、パソコンやタブレットとつなぐ予定があるなら、MIDIの扱いやすさ、USB接続、オーディオ出力の構成も確認したいところです。鍵盤が気に入っているなら、あとからピアノ音源を変えることで音の方向性を広げられます。逆に、どれほど音源が魅力的でも、鍵盤の戻りや重さが自分に合わなければ、長いフレーズを弾くうちに手首や肩へ力が入りやすくなります。
ジャズピアノの即興には、どちらの音源が向いているのか
結論を急がずに言えば、物理モデリング音源とサンプリング音源のどちらがジャズの即興に優れているかは、演奏の段階と目的によって変わります。
音の応答を細かく確認しながら、毎日の練習でタッチを育てたい人には、物理モデリング音源が合いやすいでしょう。ベロシティレイヤーの継ぎ目がなく、入力に対する音色変化が連続的であるため、弱音やアクセントの練習に向いています。コードの一音だけを前へ出す、フレーズの最後だけ力を抜く、といった小さな操作も試しやすくなります。
反対に、特定の名器らしい響きに包まれながら演奏したい人、録音したときの音のまとまりを重視する人には、サンプリング音源が魅力的です。録音された実機の個性は、演奏者の気持ちを前へ運んでくれます。音色を選ぶことで、同じコード進行でも演奏の置き場所が変わることがありますよね。
両方を使い分けるのも、とても自然な方法です。
たとえば、基礎練習やアドリブの音数を整理する時間には物理モデリング音源を使い、録音や配信ではサンプリング音源を使う。あるいは、物理モデリング音源でベロシティと離鍵を確認し、サンプリング音源で実際の楽曲としての響きを確かめる。この二つは競合するものではなく、演奏の別々の面を照らしてくれます。
物理モデリング音源を選びやすい人
- 弱いタッチから強いアクセントまで、連続した音色変化を確かめたい
- ジャズのコンピングで、コード内の音の強弱を細かく作りたい
- 音源データの容量を抑え、複数の音色を試したい
- 音色の明るさや共鳴、響きの量を自分で調整したい
- MIDI入力を使った練習や、即興演奏の記録を効率化したい
Pianoteqのスタンドアローン版には、キーボードで演奏した直近の内容を自動的にMIDI記録する機能があります。練習中に録音ボタンを押し忘れたときでも、あとから直前の演奏を振り返れる仕組みは、フレーズの確認に役立ちます。自分では流れてしまったと思っていた短いアイデアを拾い、そこからモチーフを育てることもできます。
サンプリング音源を選びやすい人
- 実際のグランドピアノの録音による音色を、そのまま演奏に使いたい
- 音源を立ち上げた時点で完成された響きを得たい
- 録音や楽曲制作で、空間を含めたピアノサウンドを作りたい
- マイク位置やホール感など、録音作品としての質感を重視したい
- CPU負荷だけでなく、十分なストレージを用意できる
サンプリング音源では、音色に自分の演奏を寄せていく楽しさもあります。明るい音ならフレーズを少し軽く、低音が太い音なら左手のボイシングを詰めすぎないようにする。音源の個性を聞きながら、自分の弾き方を調整していくのです。
実際に選ぶときは、同じフレーズを同じ条件で弾く
音源の比較で一番大切なのは、短時間でたくさんのデモを聞くことではありません。自分が実際に弾くフレーズを、なるべく同じ条件で試すことです。
おすすめは、三つの短い課題を用意する方法です。
一つ目は、右手の単音フレーズです。8分音符をただ速く弾くのではなく、二つ目と四つ目の音へ軽いアクセントを置き、最後の音だけ少し抜いてみます。音源がベロシティの変化をどのように返すかを確認できます。
二つ目は、左手のコードです。たとえば、ルートを省いた3度と7度のボイシングを、同じ形で何度か鳴らします。次に、トップノートだけ少し強くし、ペダルを浅く踏み替えます。コードの輪郭と余韻の整理が聞き取りやすくなります。
三つ目は、短いモチーフの反復です。二小節ほどのフレーズを、最初は弱く、次は中くらい、最後は少し強めに弾きます。音量が変わるだけでなく、音色の明るさやアタックの硬さがどう動くかを聞いてみましょう。
このとき、音源の音だけでなく、演奏中の身体感覚も観察してください。指が鍵盤の底へ当たる感覚、手首が固まるタイミング、呼吸が止まる場所。音源の応答が自分の動きと合っていないと、無意識に強く弾いて補おうとすることがあります。
反対に、弱いタッチでも音の輪郭が返ってくるなら、肩や前腕の力が抜けやすくなります。これはスペック表だけでは分からない、かなり大切な相性です。
音源を替える前に、練習の聞き方を少し変える
新しい音源を導入すると、音が良くなった気がして、つい難しい曲を弾きたくなります。私もその気持ちはよく分かります。新しい音色には、それだけで練習を始める力がありますから。
でも、物理モデリング音源とサンプリング音源の違いを確かめたいなら、最初の数日は音色の美しさよりも、入力と結果の関係を聞いてみてください。
一音だけを弾き、弱く触れたときにどの程度の輪郭が残るかを見る。二音を重ね、片方の音だけを少し前へ出す。ペダルを踏んだまま、鍵盤を離す順番を変えてみる。こうした小さな実験を繰り返すと、音源の性格がだんだん手の中へ入ってきます。
アドリブでは、たくさんの音を弾くことより、音の重さを変えることのほうが難しい場面があります。音数が少ないのにフレーズが途切れて聞こえる。休符を入れた途端、次の音へつながらない。こうしたとき、必要なのは新しいスケールを増やすことではなく、離鍵とベロシティを聞き直すことかもしれません。
サンプリング音源なら、録音されたピアノの響きに合わせて、音を置く場所を探してみましょう。物理モデリング音源なら、自分の指の速度や深さが、どんな音の変化を生んでいるのかを確かめてみましょう。方式が違えば、同じ練習でも耳を向ける場所が変わります。
まとめ:応答性は、音源の方式と演奏環境の組み合わせで決まる
ピアノ音源の物理モデリングとサンプリングの違いは、単に「リアルな音」と「軽い音」の比較ではありません。
サンプリング音源は、実際のグランドピアノなどを録音したデータを再生し、完成された実機の響きや空間を演奏へ持ち込めます。その一方で、データ容量は大きくなりやすく、ベロシティレイヤーの切り替えによる段階的な変化が生じる場合があります。
物理モデリング音源は、ハンマーが弦を叩き、音が共鳴する過程をリアルタイムに演算します。容量は数十MB程度と小さいものがありますが、設定によってCPU負荷が高くなる場合があります。ベロシティレイヤーの継ぎ目がなく、鍵盤入力に応じた連続的な音色変化と高い応答性を得やすい点は、ジャズの即興やタッチ練習で大きな魅力になります。
ただ、どちらを選んでも、鍵盤の特性、ベロシティカーブ、オーディオ設定、ヘッドホンやスピーカーの聞こえ方が合っていなければ、本来の良さは見えにくくなります。音源を買う前に、自分がどんな音で、どんなフレーズを、どんな環境で弾きたいのかを少しだけ言葉にしてみてください。
テンポが上がると左手が動かない。フレーズが途切れてしまう。弱音で弾くと音の芯が消える。その悩みは、あなたの指が足りないからではなく、音の返り方と弾き方がまだ噛み合っていないだけかもしれません。
物理モデリングでも、サンプリングでも、あなたの呼吸に音がついてくる環境は作れます。まずは同じフレーズを一度だけ、弱く弾いてみましょう。長いアドリブは後で大丈夫です。まずはこの1小節だけで十分です。そこにある小さな音の変化を、一緒に聞いていきましょう。
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