
ステージピアノの内蔵音源は、電源投入後ただちに発音し、OSや外部ソフトウェアに依存しない。VSTソフト音源は、大容量サンプリングや物理モデリングによって、内蔵音源とは異なる解像度の音を生成できる。ただし、コンピューター、オーディオドライバ、バッファサイズ、記憶装置、メモリ容量が演奏系に組み込まれる。
したがって、「どちらの音が優れているか」という比較は定義が粗い。正確には、演奏環境に対してどの発音系が適合するかを比較する必要がある。以下では、ステージピアノの内蔵音源とVSTソフト音源を、音質、レイテンシー、安定性、ダイナミクス、運用負荷の度数に分解する。
内蔵音源は発音系全体が一つの楽器として完結している
ステージピアノの内蔵音源は、鍵盤、センサー、音源エンジン、出力回路がメーカーによって一体設計されている。演奏者が考える必要があるのは、基本的に電源、音量、ペダル、出力先だけである。
これは単純な構造という意味ではない。音源のサンプリング、ベロシティ・カーブ、ペダルノイズ、弦共鳴、キーオフ音、アンプシミュレーション、エフェクト処理までが、特定の鍵盤機構に合わせて調整されている。鍵盤の入力値がどのように音量と音色へ変換されるかが、あらかじめ固定されている。
ライブ環境では、この固定が優位に働く。
発音遅延が予測可能である
内蔵音源では、一般的なコンピューター環境で発生する処理待ちがない。OSのバックグラウンド処理、オーディオドライバの競合、プラグインの読み込み、メモリ不足によるディスクアクセスが発音経路に入らないためである。
もちろん、鍵盤のスキャン速度、音源エンジンの処理、デジタル変換回路による遅延がゼロになるわけではない。しかし、演奏者が設定項目として管理する外部要因が少ない。ここが実用上の差になる。
ジャズのコンピングでは、発音の遅れがコード単位で蓄積する。左手の3度と7度、右手のテンションを同時に押したつもりでも、入力の検出や音源処理が不安定であれば、和音のアタックが崩れる。特に♭9を含むドミナント・コードでは、低い構成音と高い構成音の時間差が音響上の濁りとして現れる。
内蔵音源は、この時間差の再現性が高い。演奏の誤差と機材の誤差を分離しやすい。
ライブでの復旧手順が短い
ステージ上で必要な音色が呼び出せない場合、内蔵音源ではプリセットの再選択、音量調整、ケーブル確認で復旧できる可能性が高い。VST環境では、コンピューターの再起動、音源ソフトの再読み込み、オーディオインターフェースの認識、プロジェクトファイルの確認が加わる。
音楽現場での安定性は、故障しないことだけで定義されない。異常が起きたとき、原因を限定できることも安定性である。内蔵音源は原因領域が狭い。VST音源は音質の自由度が高い代わりに、原因領域が広い。
ライブ用機材の評価は、最高音質ではなく、演奏開始から終演まで発音経路が変化しないかで決まる。
VSTソフト音源は音質ではなく音源構造が異なる
VSTソフト音源には、大きく分けてサンプリング方式と物理モデリング方式がある。両者を「リアル」という一語でまとめることはできない。音の生成方法が違うため、演奏入力に対する応答も違う。
サンプリング音源は、実際のピアノを録音したデータをベロシティやペダル状態などの条件に分けて再生する。物理モデリング音源は、弦、ハンマー、響板、共鳴、減衰などの挙動を数式によってリアルタイムに計算する。
大容量サンプリング音源の利点と制約
サンプリング音源の利点は、録音された個体の音響特性を保持できることである。ハンマーが弦を打つ初期アタック、倍音の分布、低音の胴鳴り、高音の減衰など、特定のピアノが持つ音色を再生できる。
一方で、サンプルは有限である。ベロシティごとに録音された段階的な素材を補間しているため、入力値の変化が常に連続するわけではない。MIDI 1.0のベロシティは0から127までの127段階であるが、音源内部のベロシティレイヤーはさらに少ない区分で構成される場合がある。
その結果、弱音から中音量へ移行する箇所で、音色の層が切り替わる。これがベロシティ・レイヤーの境界である。高品質な音源は複数のラウンドロビン、クロスフェード、発音条件の補正によって境界を隠す。しかし、入力に対して無限に連続した挙動を持つわけではない。
大容量音源では、ストレージとメモリも構成要素になる。たとえば「Ivory 3 German D」は42GB以上のSSD空き容量を要求し、動作環境として16GB以上、推奨32GB以上のRAMが示されている。2023年に登場したこの種の音源は、サンプルの量と再生条件が従来より拡大している。
これは容量の問題だけではない。大量のサンプルを読み込むため、SSDの速度、メモリの空き、プリロード設定、同時発音数の管理が必要になる。ペダルを踏みながら密集したテンション・コードを連続して演奏すれば、発音数は増加する。音源の音色以前に、コンピューターがその処理を持続できるかが問われる。
物理モデリング音源は計算量を音へ変換する
物理モデリング音源の代表格である「Pianoteq 9」は、インストール容量が約50MBと非常に小さい。大容量サンプリング音源のように、数十GB単位の録音データを保存する必要がないためである。
ただし、容量が小さいことは処理負荷が小さいことと同義ではない。音源は、演奏入力に応じて音響モデルを計算する。弦の振動、共鳴板、ダンパー、ハンマー、ペダル操作などをリアルタイムに処理するため、CPU性能と設定が結果へ影響する。
物理モデリングの特徴は、ベロシティ・レイヤーの段階的制限を受けにくい点にある。MIDI規格の入力値である127段階の変化を、サンプルの切り替えではなくモデルの駆動量として扱える。音量だけではなく、アタックの硬さ、倍音の比率、共鳴の発生条件も連続的に変化させられる。
この方式は、同じコードを異なるタッチで反復するジャズピアノに適合しやすい。左手のシェル・ヴォイシングを軽く置き、右手のガイドトーンを強く発音する場合、音量差だけでなく発音の密度を制御する必要がある。物理モデリング音源は、入力値の変化を音響挙動へ変換する自由度が高い。
しかし、特定の名器を録音した音源と同じ結果にはならない。比較対象を「実在する一台のピアノの音」とするのか、「入力に対して連続的に反応する音源」とするのかで評価軸が変わる。
| 比較項目 | ステージピアノの内蔵音源 | VSTサンプリング音源 | VST物理モデリング音源 |
|---|---|---|---|
| 音の生成 | 内蔵サンプルと専用エンジン | 録音サンプルの再生 | 音響モデルのリアルタイム計算 |
| 容量 | 機種内部に依存。具体値は非公開の場合が多い | 数十GB規模になる製品がある | 約50MBの製品もある |
| ダイナミクス | 鍵盤と音源の一体調整 | ベロシティレイヤーと補間 | 入力値に応じて連続的に変化 |
| レイテンシー | 外部設定の影響が少ない | PC、ドライバ、バッファに依存 | PC、ドライバ、CPU負荷に依存 |
| ライブ運用 | 電源投入後すぐに使用可能 | PCとソフトの起動が必要 | PCとソフトの起動が必要 |
| 音色の方向 | 機種ごとに固定された設計 | 特定の実機を再現 | モデルとパラメータで調整 |
| 障害要因 | 本体、電源、ケーブル | 本体、PC、OS、ドライバ、音源、接続 | 本体、PC、OS、ドライバ、CPU負荷 |
レイテンシーは音源の性能ではなく経路全体で決まる
VST音源で鍵盤を弾いたときの遅延は、音源ソフト単体の性能だけでは決まらない。入力から出力までの経路を分解する必要がある。
1. 鍵盤センサーが入力を検出する。
2. MIDI信号がコンピューターへ送られる。
3. OSとオーディオドライバが信号を処理する。
4. VST音源が発音を計算する。
5. オーディオインターフェースがバッファ単位で信号を出力する。
6. デジタル・アナログ変換後、アンプやスピーカーが発音する。
このうち、演奏者が最も調整しやすいのはバッファサイズである。
WindowsではASIOが前提になる
Windows PCで電子ピアノからMIDI入力し、VST音源を演奏する場合、標準のWASAPIドライバでは数十〜数百ミリ秒の遅延が発生することがある。この範囲では、鍵盤を押した瞬間と発音の瞬間が一致しない。単音の確認なら許容できても、コンピングやアドリブでは演奏周期が崩れる。
ASIO対応のオーディオインターフェース、または専用ドライバの導入が必要になる。機種によっては、ヤマハ・スタインバーグ系の専用USBドライバなどが使われる。
バッファサイズは、遅延と安定性の交換条件である。一般的な開始点は128〜256サンプルである。小さいほど遅延は減少する。しかし、CPU処理が間に合わなければノイズ、音切れ、クリック音が発生する。
設定値を下げればよいという単純な問題ではない。たとえば48kHzで128サンプルなら、片方向のバッファ時間は約2.7ミリ秒である。入力と出力、ドライバ処理、音源計算、変換回路を合算すれば、実際の往復遅延はこの数値を上回る。256サンプルでは片方向約5.3ミリ秒となる。音源の処理負荷が高い場合、256サンプルの方が音切れを抑えながら実用的な応答を維持できる。
MacではCore Audioの設定が中心になる
macOSでは標準オーディオシステムであるCore Audioが低レイテンシーに対応する。Windowsのように、環境によってASIOドライバを追加する必要性は低い。オーディオ設定でバッファを「小さい(低遅延)」側へ調整し、CPU負荷との均衡を取る。
ただし、Macであれば無条件に遅延がなくなるわけではない。音源の同時発音数、エフェクトのレイテンシー、サンプルのストリーミング、USB接続、バックグラウンド処理は残る。
リミッター、リニアフェイズEQ、畳み込みリバーブなど、一部のプラグインは処理上の先読みを行う。これらを演奏経路に挿入すると、ピアノ音源自体が軽量でも遅延が増える。ライブ用の信号経路では、まず音源を単独で鳴らし、その後に必要最小限のエフェクトを加えるべきである。
レイテンシーを耳で判断する方法
数値だけで判断する必要はない。次の順序で構成を分離する。
- まず内蔵音源を同じ鍵盤で演奏し、鍵盤機構そのものの応答を基準にする。
- 次にVST音源を外部エフェクトなしで起動する。
- 128サンプルで単音と10度以内の和音を演奏し、音切れの有無を確認する。
- 256サンプルへ変更し、応答差と安定性を比較する。
- ペダルを踏んだ連続和音、低音のオクターブ、右手の高速フレーズで負荷を上げる。
- 最後にリバーブ、ディレイ、コンプレッサーを追加する。
問題が発生したときに、音源、ドライバ、バッファ、エフェクトのどこが原因かを切り分けるためである。最初から複数のプラグインを通すと、調整対象が過剰になる。
ジャズピアノでは音色より入力への追従性が先に来る
ジャズピアノの演奏では、単純なメロディーよりも和音の配置と発音時刻が支配的である。左手のルートレス・ヴォイシングを例にする。
CマイナーII-V-Iでは、Dm7♭5–G7alt–Cm6またはCmMaj7を考える。左手の構成音を以下のように定義する。
- Dm7♭5:♭3、♭7、♭5
- G7alt:♭7、3、♭13、♭9
- Cm6:3、6、1、5
ルートを省略することで、低域の混濁を避け、ベースとの分担が成立する。ここで左手の♭7と3度を同時に置き、右手が♭9から解決音へ移動する場合、必要なのは大容量サンプルではなく、各音の立ち上がりが同じ時間軸に存在することである。
音源の発音が安定していれば、内蔵音源でもVSTでも構造は成立する。逆に、音源がどれだけ高解像度でも、入力から発音までの遅延が揺れれば、テンションの配置は不明瞭になる。
ルートレス・ヴォイシングで機材差が現れる箇所
内蔵音源とVST音源の差は、すべての音域で同じように現れるわけではない。以下の箇所で現れやすい。
- 低域での左手オクターブとテンションの同時発音。サンプルの共鳴とスピーカーの再生能力が混濁へ影響する。
- 弱いタッチでの3度、7度。ベロシティ・レイヤーの境界が音色の段差として出る。
- サスティン・ペダルを使った連続的な和声変化。ペダルノイズや共鳴処理の違いが残響の構造を変える。
- 右手の単音アドリブ。鍵盤から発音までの遅延と、発音後のアタックの追従性がフレーズの細部を変える。
- 高速なトリルや装飾音。物理モデリングは連続した挙動を作りやすいが、CPU負荷が増える場合がある。
特に、ピアノ音源を単独で聴く場合と、ベース、ドラム、ギターの中で聴く場合では評価が変わる。ソロではペダル共鳴や高域の倍音が目立つ。アンサンブルでは、3度と7度の明瞭さ、アタックの密度、低域の占有幅が優先される。
「リアルなピアノ音」がそのまま「バンドで使いやすい音」になるわけではない。音響上の情報量が多いほど、ミックスの中で処理すべき情報も増える。
ジャズピアノに必要なリアリティは、録音された音の量ではなく、3度・7度・テンションが時間軸上で明確に分離することである。
内蔵音源とVST音源は用途で分けるべきである
ステージピアノとVST音源を二者択一にすると、議論が不必要に単純化される。実際には、練習、制作、リハーサル、ライブで要求される条件が違う。
自宅練習ではVST音源の自由度が高い
自宅では、PCのスペックと接続環境を管理できる。ピアノ音源を複数比較し、同じMIDI演奏を別の音源で再生し、音色の差を確認できる。譜面アプリや録音ソフトと組み合わせ、演奏をMIDIデータとして保存することも可能である。
音源を変更しても運指は変わらない。C7のガイドトーン・ヴォイシングを3種類記録し、内蔵音源、サンプリング音源、物理モデリング音源で比較すれば、音色の違いとタッチの違いを分離できる。
この用途では、約50MBの物理モデリング音源は導入しやすい。ストレージを圧迫しにくく、複数のピアノモデルを切り替えられる。一方、実在のグランドピアノの録音音色を基準にしたい場合は、大容量サンプリング音源が有効になる。
PCのメモリが16GB未満であれば、大容量音源の多重起動や高い同時発音数に制約が出やすい。推奨32GB以上とされる音源では、音源単体の起動だけでなく、DAW、譜面、録音、ブラウザなどを同時に動かす余地まで考える必要がある。
リハーサルでは両方を持つ構成が合理的である
リハーサルでは、音色を作り込む必要と、すぐに音を出す必要が同時に存在する。ここでは内蔵音源を基準にし、VST音源を追加音色として使う構成が安定する。
たとえば、通常のアコースティックピアノは内蔵音源で鳴らし、特定の曲だけVST音源へ切り替える。VST側に異常が出ても、内蔵音源へ戻せる。MIDI接続と音声接続を別系統で用意し、音源の切り替えを演奏停止なしで行えるようにすれば、復旧時間は短くなる。
ただし、鍵盤のベロシティ・カーブは音源ごとに再調整する必要がある。内蔵音源で最大音量に達する入力値と、VST音源で最大音量に達する入力値が一致するとは限らない。弱音域の反応が違えば、同じ運指でもアタックの密度が変わる。
この差を放置したまま音源を切り替えると、演奏者は無意識にタッチを修正する。これは機材差ではなく、演奏技術への外乱である。
ライブでは内蔵音源を基準にする
ライブでVST音源を使うことは可能である。適切なPCスペック、専用ドライバ、バッファ設定、電源管理、バックアップ構成があれば、プロの現場でも運用されている。
ただし、VSTを使う理由が必要になる。内蔵音源で曲の要求を満たせるなら、外部システムを追加する意味は限定される。反対に、特定のピアノモデル、独自のチューニング、複雑なレイヤー、曲ごとの音色制御が必要なら、VSTの導入理由が成立する。
ライブの選択基準は以下のように定義できる。
- 音色の固有性が必要か。内蔵音源との差が、編成内で聴き分けられるか。
- レイテンシーを一定に維持できるか。演奏中のCPUスパイクが発生しないか。
- PCを含めた起動と復旧の手順を短くできるか。
- OSアップデートやプラグイン更新を、本番前に停止できるか。
- 内蔵音源へ戻る経路を確保しているか。
- 会場のPAへ出す信号を、必要以上に複雑化していないか。
「音が良いからVST」という理由だけでは不足である。音色の差が演奏上の利益を生む場合に限り、システムの複雑化を受け入れる。
keyscapeとステージピアノは同じ土俵で比較できない
「Keyscapeのようなソフト音源」と「ステージピアノ」を比較する場合、音色プリセットの数だけを見ると判断を誤る。両者は設計思想が異なる。
ステージピアノは、鍵盤を押せば音が出ることを中心に設計される。外部機器なしで演奏でき、パネル上で音色やエフェクトを変更できる。ライブで必要な操作を、少ない階層で完結させる。
一方、Keyscapeのような音源ソフトは、PC上で複数の音源モデルを管理し、DAWやホストアプリケーションと連携する。録音、編集、レイヤー、オートメーション、MIDIマッピングを統合できる。制作環境では強いが、操作階層は増える。
比較すべきなのは、次の項目である。
音色の特化度
特定のエレクトリックピアノや歴史的モデルを使う場合、ソフト音源側に優位性が出る。内蔵音源の一般的な「E.Piano」では、モデル固有のアタックやトレモロ、プリアンプの挙動を細かく選べない場合がある。
ただし、ジャズの現場で必要なのがアコースティックピアノ、ローズ系、ウーリッツァー系の基本音色であれば、ステージピアノのプリセットで完結することも多い。音色の選択肢が多いことと、演奏に必要な選択肢が多いことは一致しない。
操作の即時性
ステージピアノは、ノブやボタンが音色、エフェクト、ゾーンに直接割り当てられている。VST音源は、コンピューター画面、MIDIコントローラー、ホスト側の設定を経由する。
ライブ中にリバーブ量を数値で管理するなら、どちらも可能である。しかし、暗いステージ上で視認性を保ち、曲間の短い時間で変更するなら、物理的な操作子を持つステージピアノが有利になる。
発音の一貫性
VST音源は、PCの状態が発音へ影響する。大容量サンプルの読み込み、複数プラグインの同時動作、OSの通知、USB接続の状態が要因になる。
内蔵音源では、これらの変数が外部に存在しない。音色の深さではVSTが上回る場合があるが、発音経路の一貫性では内蔵音源が優位である。
機材構成は演奏目的から逆算する
ジャズピアノ用の機材を選ぶ際、最初にメーカーやモデルを決める必要はない。まず、どの音をどの環境で発音するかを定義する。
内蔵音源を主軸にする構成
ライブ中心で、セッティング時間が短く、トラブル時の復旧を優先する場合に適する。
構成はステージピアノ、ペダル、必要なケーブル、モニターまたはPAで完結する。音源の選択肢は限られるが、発音経路は短い。鍵盤の重さ、ベロシティ・カーブ、スピーカー出力、ライン出力の質を詰めれば、実戦的なシステムになる。
この構成では、音源の細かな再現度よりも、ルートレス・ヴォイシングの3度と7度が明瞭に出るか、低域が過剰に膨らまないかを確認する。ピアノ音源の評価は、ヘッドホンだけで完結させない。PAやモニタースピーカーへ出したとき、左手の構成音がベースと衝突しないかを聴く必要がある。
VST音源を主軸にする構成
自宅制作、録音、音色研究を中心にする場合に適する。PC、オーディオインターフェース、VST音源、DAWを組み合わせ、演奏データを保存する。
WindowsではASIO対応の環境を構築する。バッファサイズは128サンプルから始め、音切れが出る場合は256サンプルへ変更する。MacではCore Audioを使い、低遅延設定とCPU負荷の均衡を取る。
外部音源を使う場合、オーディオインターフェースのヘッドホン出力とライン出力の品質も音の印象を変える。音源のサンプルレートやビット深度だけを見ても、最終的な出力品質は判断できない。発音、変換、増幅、スピーカーの各段階が連続しているためである。
二重化する構成
ライブでVSTを使用するなら、内蔵音源をバックアップとして残す構成が現実的である。VST側の音声出力とステージピアノ側の音声出力を別チャンネルへ送れば、切り替えが可能になる。
この場合、両方を常時同じ音量で鳴らす必要はない。位相や音色が干渉するため、通常は一方を主系、もう一方を待機系とする。MIDI信号のルーティングも分け、切り替え時に二重発音が起きない設定を用意する。
音源を二つ持つことは、単純な冗長化ではない。どの経路が主で、どの経路が代替かを明確にしなければ、操作ミスの可能性が増える。バックアップは、存在するだけでは機能しない。復旧手順まで含めて構成される。
内蔵音源の限界は音質より拡張性にある
ステージピアノの内蔵音源にも高品質な製品は多い。内蔵音源がVSTより常に劣るという定義は成立しない。むしろ、鍵盤機構と音源の一体感、ペダルの追従、スピーカーや出力回路まで含めた調整では、内蔵音源が有利な場合がある。
限界が出るのは、音源そのものの品質ではなく、変更可能な範囲である。
- 特定のピアノ個体へ変更できない。
- サンプルのマイキング位置を細かく選べない。
- 共鳴、ダンパー、キーオフ音の量を個別に調整できない場合がある。
- 音源を別メーカーのモデルへ差し替えられない。
- MIDIオートメーションや録音後の編集に制約がある。
- 曲ごとの複雑なレイヤー構成を作りにくい。
制作段階で音色を頻繁に比較するなら、VST音源が合理的である。ライブで固定した音色を確実に出すなら、内蔵音源が合理的である。目的が異なるため、優劣を一つの軸で決めるべきではない。
最終的な選択は音源ではなく発音経路の設計で決まる
ステージピアノの内蔵音源とVSTソフト音源の比較では、次の結論になる。
内蔵音源は、遅延の予測可能性、起動の速さ、ライブでの安定性に優れる。音色変更の自由度と制作環境との統合では、VST音源が優位である。サンプリング音源は特定の実機の音響特性を保存し、物理モデリング音源は入力に対する連続的な応答を実現する。
機材構成を決めるときは、以下の三つを分離する。
1. 音色の問題
必要なのは特定のピアノ個体か。エレクトリックピアノのモデルか。内蔵音源で代替できない音響特性か。
2. 時間軸の問題
鍵盤入力から発音までの遅延は一定か。バッファ設定を下げたとき、音切れが起きないか。高速フレーズと密集和音で挙動が変わらないか。
3. 運用の問題
起動、音色切り替え、ケーブル接続、障害時の復旧を短くできるか。VSTを使う場合、内蔵音源へ戻る経路があるか。
C7をルートレスで配置するなら、左手は3度と♭7を中心に置き、右手で♭9、♯9、♭13を選択する。Cm7へ解決するなら、G7の3度であるBはCマイナーの♭3であるE♭へ、G7の♭7であるFはCm7の5度またはテンションへ移動する。音源が何であっても、この度数関係が崩れなければ和声は成立する。
代替可能なヴォイシングは複数ある。
- G7alt:左手にB–F、右手にA♭–B♭–E♭。
- G7♭9:左手にB–F、右手にA♭–A–D♭。
- G7♯9:左手にB–F、右手にA♯–E♭–A♭。
- G7♭13:左手にB–F、右手にE♭–A♭–D♭。
- ルートをベースへ委ね、左手にF–B、右手にA♭–B♭–E♭。
この構造を一定の時間軸で発音できるなら、内蔵音源でもVST音源でも演奏は成立する。必要な音色が内蔵されていない場合にVSTを導入する。必要な音色が内蔵されている場合は、外部システムを増やす理由を再計算する。
結論は単純である。ライブの基準機はステージピアノの内蔵音源、音色研究と録音の拡張系はVST音源と定義する。用途が重なる部分では、レイテンシー、処理負荷、復旧手順を比較する。音質の印象だけで決めない。
ジャズピアノにおける機材選択は、最終的に度数と時間の問題へ還元される。3度、7度、テンションが意図した位置に存在し、鍵盤を押した時刻に対して発音が一定であること。これを満たす音源が、その環境における正解である。