
たとえば、ハ短調のⅡ-Ⅴ-Ⅰである。Dm7♭5—G7alt—CmMaj7を弾くとき、各コードの構成音が正しくても、左手の最低音が低すぎれば響きは混線する。反対に、音域を上げすぎればベースとの間に空白が生じ、和声の骨格が弱くなる。
ここで定義すべきなのは、AフォームとBフォームの優劣ではない。選択基準である。最初のコードをどの音域に置くか。その後のコードで、3度と7度をどの方向へ動かすか。ルートレスヴォイシングでは、この二つを分離して考えることができない。
ルートレスヴォイシングの基本構造:AフォームとBフォームの定義
ルートレスヴォイシングは、左手の和音からルートを省略し、3度、7度、テンション、必要に応じて5度を配置する方法である。ベースがルートを担当するコンピングでは、ピアノがルートを重複させる必要性は低い。
和声の機能を決定する音は、主に3度と7度である。3度は長調・短調の性質を示し、7度はコードの機能と次の和音への進行方向を示す。テンションはこの骨格に対して9度、11度、13度などの成分を加える。
AフォームとBフォームは、この骨格を異なる上下関係で配置したものとして定義する。ここでは、ジャズピアノで一般的に使われる次の呼び方を採用する。
- Aフォーム:3度を最低音に置く
- Bフォーム:7度を最低音に置く
4音構成で見ると、マイナー7thコードでは次のようになる。
| フォーム | 下から上への度数 | Dm7での構成音 |
|---|---|---|
| Aフォーム | ♭3—5—♭7—9 | F—A—C—E |
| Bフォーム | ♭7—9—♭3—5 | C—E—F—A |
ここでいう度数は、コードのルートを基準にしたものである。Dm7の場合、♭3はF、5度はA、♭7はC、9度はEとなる。ルートのDは含まれない。
メジャー7thでは、Aフォームは3—5—7—9、Bフォームは7—9—3—5となる。ドミナント7thでは、3—5—7—9、または7—9—3—13などの形を基礎にできる。オルタードテンションを使う場合は、9度を♭9または♯9、5度を♭5または♯5として置き換える。
AフォームとBフォームは、コードネームが同じでも音の配置が変わる。したがって、同一コード内の響きだけを比較しても選択基準は完成しない。隣接するコードとの距離を測る必要がある。
AフォームとBフォームは、響きの種類ではない。声部の出発点を変える配置である。
Aフォームは3度を基準にする
Aフォームでは、3度が最低音になる。マイナー7thなら♭3、メジャー7thまたはドミナント7thなら長3度である。
3度を低い位置に置くと、コードの長短が左手の下側から明確に提示される。ベースがルートを弾いている場合、ベースと3度の間に適切な音程関係ができるため、コードの機能は読み取りやすい。
ただし、3度を低く置きすぎると、ベースのルートとの間隔が狭くなる。低音域では、ルートと3度が近接した状態で鳴ると倍音が重なり、音程の輪郭が不明瞭になりやすい。これはAフォーム固有の欠陥ではない。最低音の位置に関する問題である。
たとえば、ベースが低いCを弾いているとき、左手のAフォームでEを低い位置に置くと、CとEの関係は理論上は明快でも、楽器上では低音の密度が高くなることがある。そこでフォームだけをBに変えるのではなく、同じフォームを一段上へ移すという選択肢も残しておきたい。
Bフォームは7度を基準にする
Bフォームでは、7度が最低音になる。マイナー7thなら♭7、ドミナント7thなら♭7、メジャー7thなら長7度となる。
Bフォームは、Aフォームと同じ構成音を異なる順番で配置する。最低音が7度になるため、3度が下に沈まず、ルートとの干渉を避けやすい場合がある。また、次のコードへ半音または全音で接続できる形が多く、Ⅱ-Ⅴ-Ⅰのような進行では連結の設計に利用しやすい。
ただし、Bフォームを常に選べばよいわけではない。最低音が7度になることで、コードの下側に機能音が置かれる。音域によってはベースとの関係が薄くなり、左手だけを聴いたときに和声の重心が上へ移る。ベースが明確に動いているアンサンブルでは問題になりにくいが、ソロピアノでは別の処理が必要になる。
なお、教材や奏法によってAフォームとBフォームの呼び方が異なる場合がある。大切なのは名称を暗記することではなく、3度が最低音なのか、7度が最低音なのかを確認することである。呼び名に引きずられると、同じ形を別の名前で学んだときに混乱しやすい。
音域の最適化:濁りを避け、ベースラインと調和する位置
AフォームとBフォームの選択では、形より先に音域を決める。ルートレスヴォイシングの4音をどの高さへ置くかによって、同じ度数配置が別の機能を持つからである。
一般的な左手ヴォイシングの領域は、中央C付近からその下のオクターブにかかる範囲である。目安としてC3前後から中央C周辺を中心に考える。ただし、ソロピアノとコンピングでは適切な範囲が一致しない。ベースの音量、ピアノのタッチ、鍵盤の特性、ペダルの使用によっても変化する。
音域を考えるときは、最低音だけを見てはいけない。4音全体の幅、隣り合う音の間隔、ベースや右手との重なりをまとめて聴く必要がある。最低音が適切でも、上の3音が密集していれば濁る。反対に、最低音がやや高くても、各声部が分離していれば和声は明瞭に聞こえる。
低すぎるヴォイシングの問題
左手の最低音をC3以下へ下げた場合、4音すべてを密集させると濁りが発生しやすい。特に次の要素が重なると、和音の度数が聞き取りにくくなる。
- ルートと3度が低音域で近接する
- 7度とテンションを狭い間隔で重ねる
- ベースが同じ低音域でルートを発音する
- ペダルによって前のコードの成分が残る
この場合、フォームの変更よりも、まずヴォイシング全体を上へ移動させるほうが合理的である。AフォームをBフォームに変えても、最低音が低すぎるという問題は解決しない。
低音域では、音程そのものより倍音の密度が支配的になる。3度、7度、9度が理論上正しくても、実際の音響では一つの塊として聞こえることがある。コードブックに記載された形を鍵盤上へ移すだけでは、音域の問題は処理できない。
高すぎるヴォイシングの問題
反対に、左手の4音を中央Cより上へ寄せすぎると、音響の重心が高くなる。ベースが低音でルートを弾いている場合、ピアノの和音との間に空間が生じる。
この空間は必ずしも欠点ではない。ベースとピアノの役割を分離するコンピングでは、低音を空けることで全体の透明度が上がる。しかし、ソロピアノで左手だけが伴奏機能を担う場合、空白が大きすぎるとコード進行の接続が弱くなる。
したがって、音域は次の三つの要素で決める。
- 最低音がベースと衝突しないこと
- 4音の内声が濁らず、各度数を識別できること
- 高音側へ寄りすぎず、和声の重心が失われないこと
音域の最適値には単一の公式境界はない。C3以下なら必ず不適切という意味ではない。C4以上なら必ず軽くなるという意味でもない。問題は、音域と音の間隔を組み合わせた結果である。
音域を先に固定する練習
フォーム比較では、音域を固定してからAとBを弾く。たとえば左手の最低音をF3またはC3前後に設定し、同じコードをAフォーム、Bフォームの順に配置する。ここで聞くべきなのは、音の好みではない。
確認対象は次の通りである。
1. 最低音がコードの機能を示しているか
2. 3度と7度が内声として判別できるか
3. テンションが濁りを増やしていないか
4. ベースが入ったときに低音が一つの層として成立するか
5. 次のコードへ移動した際、手の移動距離が過大にならないか
AフォームとBフォームを単独で判断すると、音色の印象に引きずられる。進行の中で判断すれば、フォームの機能が明確になる。
練習では、最初からペダルを踏まないほうがよい。ペダルを使うと残響が音域の問題を覆い隠してしまうからだ。まず各コードを短く鳴らし、最低音、3度、7度、テンションが分離して聞こえるかを確認する。その後、実際のコンピングに近い長さでつなぎ、ペダルを加えたときに濁りが増えるかを確かめる。
Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ進行におけるボイスリーディング:AとBを交互に切り替える理由
AフォームとBフォームが最も明確に機能するのが、Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ進行である。理由は、3度と7度の移動が小さくなるからである。
ハ長調のDm7—G7—CMaj7を考える。
- Dm7の3度はF、7度はC
- G7の3度はB、7度はF
- CMaj7の3度はE、7度はB
ガイドトーンの動きは次のように整理できる。
- Dm7の3度F → G7の7度F:共通音
- Dm7の7度C → G7の3度B:半音下降
- G7の3度B → CMaj7の7度B:共通音
- G7の7度F → CMaj7の3度E:半音下降
ここでは、3度と7度が共通音または半音・全音程度の移動で次のコードへ接続する。フォームを交互に切り替えると、このガイドトーンの関係を保ったまま、左手の4音を近接配置できる。
Aフォームから始める場合
Dm7をAフォームで置くと、下から♭3—5—♭7—9となる。音名ではF—A—C—Eである。
次のG7をBフォームにすると、7—9—3—13などの構成を選択できる。G7の7度Fを最低音に置く形である。Dm7の最低音Fが、そのままG7の7度として残る。
Dm7からG7への移動では、最低音が動かない。内声の一部だけが変化する。これはフォームを交互に切り替える利点である。
G7からCMaj7へ進む場合、CMaj7をAフォームにする。CMaj7の3度Eを最低音に置き、G7の7度FからEへ半音下降させる。さらに、G7の3度BはCMaj7の7度Bとして保持できる。
構造は次の通りである。
| コード | フォーム | 基本配置 | ガイドトーンの関係 |
|---|---|---|---|
| Dm7 | A | ♭3—5—♭7—9 | FとC |
| G7 | B | ♭7—9—3—13 | FとB |
| CMaj7 | A | 3—5—7—9 | EとB |
ここでのA—B—Aは、絶対的な規則ではない。最初のコードをAフォームにした結果、次のコードでBフォームを選ぶと最低音と内声の移動が小さくなるという関係である。
Bフォームから始める場合
Dm7をBフォームで始める場合、下から♭7—9—♭3—5となる。C—E—F—Aである。
G7ではAフォームを選ぶ。G7の3度Bを最低音に置き、B—D—F—Aなどの配置を作る。Dm7のBフォームに含まれるEやF、Aとの距離を調整しやすい。
その後、CMaj7ではBフォームに戻す。CMaj7の7度Bを最低音に置くため、G7の3度Bを共通音として保持できる。
この場合はB—A—Bとなる。A—B—Aと同様、ガイドトーンの移動を小さく保つことが目的である。どちらの系列が正しいという話ではない。最初のコードの音域と、手の位置によって決定される。
Ⅱ-Ⅴ-Ⅰのフォーム選択では、AかBかを固定しない。進行の各地点で、3度と7度の移動が最小になる側へ切り替える。
マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰでのテンション選択
マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰでは、ドミナント上のテンション選択が加わる。ここでフォームだけを見ていると、音の衝突を見落とす。
ニ短調へのⅡ-Ⅴ-Ⅰは、Em7♭5—A7alt—DmMaj7である。ドミナントのA7には、ナチュラルテンションの9度・13度を置く方法と、♭9・♭13を中心とするオルタードテンションを置く方法がある。
- 9度:B
- 13度:F♯
- ♭9:B♭
- ♭13:F
A7の3度はC♯、7度はGである。ここで、A7の♭13であるFは、前後のコードとの接続に利用できる。Em7♭5の♭7はD、3度はGであり、A7の7度Gへ共通音として接続できる。A7からDmMaj7へ進む場合、C♯はDへ半音上行し、GはAまたはFへ解決する選択肢を持つ。
ただし、オルタードテンションは多く積めば機能が強くなるわけではない。♭9と♭13を同時に配置する場合、音域が低いと半音関係が密集する。AフォームまたはBフォームのどちらを選ぶか以前に、音の間隔を開ける必要がある。
マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰの基本配置
Em7♭5のAフォームは、♭3—♭5—♭7—9である。Eをルートとすると、G—B♭—D—Fとなる。
A7altでは、Bフォームを基礎にしながら、9度や5度を変化させる。A7のBフォームは、♭7—9—3—5を基本とするが、オルタード処理では9度を♭9、5度を♭5または♯5へ置き換える。
DmMaj7では、Aフォームを3—5—7—9として、F—A—C♯—Eを基本形にできる。ここでC♯はメジャー7thコードの7度である。短調の主和音に長7度を置くことによって、ドリアン的なDm7とは異なる主和音の性質が明確になる。
| コード | 機能 | 代表的な度数配置 | 選択上の焦点 |
|---|---|---|---|
| Em7♭5 | Ⅱ | ♭3—♭5—♭7—9 | ♭5を含むため、密集しすぎると濁る |
| A7alt | Ⅴ | ♭7—♭9—3—♭5または♯5 | 3度C♯と7度Gを機能の骨格とする |
| DmMaj7 | Ⅰ | 3—5—7—9 | C♯を長7度として解決させる |
この進行では、A7のオルタードテンションをどこまで強調するかが問題になる。音域が高ければ♭9や♭13を配置しても成分が分離しやすい。低ければ、3度とオルタードテンションの距離を確保しなければならない。
ナチュラルテンションとオルタードテンションの使い分け
ドミナント7thで9度・13度を選ぶか、♭9・♭13を選ぶかは、コード進行の解釈に関係する。前者は解決先との関係を比較的開いた状態で維持し、後者は半音進行を強調する。
しかし、ここで感覚的な形容を使う必要はない。度数の移動で判断できる。
- 9度B → 主和音の5度A:全音下降
- ♭9 B♭ → 主和音の5度A:半音下降
- 13度F♯ → 主和音の5度A:短3度上行
- ♭13 F → 主和音の3度F:共通音として保持可能
したがって、テンションの選択は「強いか弱いか」ではなく、解決先の度数へどの距離で接続するかで定義する。AフォームとBフォームも同じである。
ガイドトーンの最小移動:スムーズな連結を実現するフォーム選択の法則
フォーム選択の中心にあるのは、ガイドトーンの最小移動である。ガイドトーンとは、主に3度と7度を指す。ルートと5度はコードの土台を補強するが、コードの機能を最小の音数で示す役割は3度と7度が担う。
Ⅱ-Ⅴ-Ⅰでは、次のような移動が発生する。
- Ⅱの3度がⅤの7度へ共通音として残る
- Ⅱの7度がⅤの3度へ半音または全音で移動する
- Ⅴの3度がⅠの7度へ共通音として残る
- Ⅴの7度がⅠの3度へ半音または全音で移動する
この関係を壊さずに4音を配置するため、AフォームとBフォームを交互に使う。コードごとに同じフォームを固定すると、ガイドトーンは成立していても、他の声部が大きく飛ぶことがある。
Aフォームを固定した場合
Aフォームをすべてのコードで使うと、各コードの最低音は3度になる。これはコードごとに異なる音を最低音へ配置するため、Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ全体では最低音が大きく移動する場合がある。
たとえば、Dm7の最低音F、G7の最低音B、CMaj7の最低音Eという配置では、FからBへは増4度、BからEへは完全4度の移動になる。手の形としては均一だが、声部連結としては必ずしも最短ではない。
同じフォームを使うことには、運指を単純化できる利点がある。しかし、運指の反復とボイスリーディングの効率は別の問題である。
Bフォームを固定した場合
Bフォームを固定すると、最低音は7度になる。Dm7ではC、G7ではF、CMaj7ではBである。これらはコード進行上のガイドトーンとして機能するが、最低音の移動方向と距離は、配置するオクターブによって変わる。
たとえば、Dm7・G7・CMaj7をBフォームで並べた場合、最低音はC・F・Bになる。これをすべて同じオクターブ内で置くのか、手の位置を保つために一部を上下のオクターブへ移すのかによって、実際の移動方向は変化する。CからF、FからBという音名だけを見て、最低音が常に下降すると決めつけることはできない。
オクターブ配置によっては、最低音が上行する場合もあれば、広い跳躍を避けるために別の音域へ移す場合もある。したがって、Bフォームの問題を「最低音が下降すること」と説明するのは正確ではない。問題になるのは、各コードの最低音がどの方向へ、どれだけ動き、ベースラインや左手全体の重心とどう関係するかである。
Bフォームが悪いのではない。7度を最低音に置く構造が、進行と音域に対してどのように働くかを確認する必要がある。
交互配置の意味
A—B—A、またはB—A—Bという交互配置では、最低音の移動と内声の移動を同時に抑えられる。特にⅡ-Ⅴ-Ⅰのように、コードの3度と7度が明確に連結する進行では、この効果が大きい。
ただし、交互配置も機械的な規則ではない。最初のコードを最適音域へ置いた結果、次のコードで同じフォームを保持したほうが全体の音域を維持できる場合がある。また、メロディーが高音部にある場合、右手との衝突を避けるためにフォームを変更することもある。
選択順序は次のように定義できる。
1. 最初のコードを、濁りのない音域へ置く
2. 3度と7度の位置を確認する
3. 次のコードで共通音を保持できるフォームを選ぶ
4. 半音・全音の最小移動を優先する
5. その結果、左手が低すぎる、または高すぎる場合は全体を移動する
6. テンションが衝突する場合は、テンションの種類または音の間隔を変更する
この順序では、AフォームとBフォームが最初から固定されていない。フォームはボイスリーディングを実現する手段として扱われる。
音域と連結が衝突した場合の判断
実際の演奏では、音域の適正と連結の滑らかさが完全には一致しない。あるフォームを選べばガイドトーンの移動は最小になるが、最低音が低すぎる。別のフォームなら音域は適正だが、手の移動が大きくなる。
この場合、優先順位を設定する必要がある。
コンピングでは、まずアンサンブル全体の音域を優先する。ベースがルートを明確に弾いている場合、ピアノ左手の最低音を無理に低くする必要はない。C3前後を中心に、ベースの上へ適切な間隔を確保するほうが、和声の分離は保ちやすい。
一方、ソロピアノでは、左手がベースと和声を同時に補う。低音側の支えが不足すると、ルートレスヴォイシングだけでは響きの重心が上がりすぎる。その場合は、左手のヴォイシングを高く置き、別の指または右手でルートを補う方法がある。4音のルートレスヴォイシングへ、さらに低音を重ねる場合は、3度との距離を確保する必要がある。
コンピングでの判断
コンピングの左手では、次の順で決める。
- ベースのルートと衝突しない
- 3度と7度が明確である
- 右手のメロディーまたはソロの帯域を侵食しない
- 次のコードへ最小距離で移動できる
- テンションが過密にならない
この状況では、ルートレスであること自体が目的ではない。ベースとピアノの役割分担を成立させるために、ルートを省略しているのである。
ベースが強く鳴る編成なら、左手は3度と7度を中心にして、テンションを一つ加える程度でもコードの性格は十分に伝わる。4音すべてを毎回同じ密度で押さえる必要はない。むしろ、右手のフレーズやソリストの音域に応じて、5度やテンションを省くほうが全体は整うことがある。
また、コンピングでは音価もフォーム選択に影響する。短いスタッカートで刻むなら、多少の音域上の癖は目立ちにくい。長く伸ばすボイシングなら、低音の濁りやテンション同士の半音関係が残りやすい。連結だけでなく、どの長さで鳴らすのかまで含めてフォームを決めるべきである。
ソロピアノでの判断
ソロピアノでは、ルートレスヴォイシングを単独で鳴らす場合と、低音のルートを別に加える場合を分ける。
単独で鳴らすなら、最低音が7度になるBフォームでは、コードネームの根音が直接聞こえない。これは理論上の欠陥ではないが、低音の動きが少ない場面では、聴き手が和声の根を捉えにくくなることがある。
そのときは、左手で低いルートを一度鳴らしてから、ヴォイシングを中音域へ置く方法が使える。あるいは、左手の低音と右手のメロディーの間に、AフォームまたはBフォームを薄く配置する。重要なのは、ルートレスヴォイシングを単独で完結させようとして、左手の低音へ音を詰め込みすぎないことである。
ソロピアノでは、ベースが別にいないため、ルートを省略するかどうかは固定的に決められない。低音のルートを明確にしたい小節ではルートを加え、右手がコードの色彩やメロディーを担う場面ではルートレスにする。この切り替えによって、左手の音域に余裕が生まれる。
実践練習:フォームではなく移動を耳で確認する
AフォームとBフォームを覚えるとき、コードネームごとの形を順番に暗記するだけでは、実際の連結に対応しにくい。必要なのは、同じ進行を異なる開始位置から弾き、どの声部が残り、どの声部が動いたのかを耳で追うことである。
まず、ハ長調のDm7—G7—CMaj7を使う。次の順番で練習すると、フォームの役割を確認しやすい。
1. Dm7をAフォーム、G7をBフォーム、CMaj7をAフォームで弾く
2. 同じ音域のまま、Dm7をBフォーム、G7をAフォーム、CMaj7をBフォームで弾く
3. それぞれの進行で、3度と7度だけを声に出して確認する
4. 低音が濁る場合はフォームを変える前に、全体をオクターブ移動する
5. 右手で短いメロディーを加え、左手がその帯域を邪魔しないか聴く
ここでの目的は、A—B—Aという並びを正解として覚えることではない。最初のコードをどこへ置いたとき、次のコードのどの音が共通音になり、どの音が半音で移動するのかを把握することである。
次に、同じ練習をマイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰで行う。Em7♭5—A7alt—DmMaj7では、A7のテンションを最初から増やしすぎないほうがよい。まずは3度と7度を明確にし、次に♭9、♭13、♯5などを一つずつ加える。音を追加するたびに音域の密度が変わるため、フォームの良し悪しとテンションの良し悪しを混同しないことが大切である。
移動距離を数えるときの注意
ボイスリーディングの練習で、すべての声部の移動を同じ基準で数える必要はない。3度と7度は機能の中心なので、まずこの二つを優先する。5度やテンションは、音響上の濁りやメロディーとの衝突がなければ、ある程度動いても問題になりにくい。
ただし、最低音だけが大きく跳ぶ配置では、手全体の動きが不自然になりやすい。そこで、最低音の移動を小さくするためにオクターブを調整し、そのうえで3度と7度の連結を確認する。最低音の移動方向は、音名だけでなく、実際に選んだオクターブを含めて判断する。
フォームを選ぶときの優先順位は、次のように整理できる。
| 優先する要素 | 聴くポイント | 問題がある場合の対応 |
|---|---|---|
| 音域 | 低音が濁らず、重心が高すぎないか | ヴォイシング全体を移動する |
| 3度と7度 | コードの機能が明確に聞こえるか | 形を変え、共通音や半音進行を探す |
| 最低音の移動 | 手の重心が不自然に跳ばないか | オクターブ配置を組み直す |
| テンション | 半音関係が過密になっていないか | テンションを省く、または間隔を広げる |
| 右手との関係 | メロディーやソロと帯域が重ならないか | 左手の位置や音数を調整する |
この表の順番は、常に固定されるわけではない。ベースがいるコンピングなら音域を先に見る。ソロピアノで和声の根が不足するなら、最低音の支えを先に考える。演奏形態によって、同じコード進行でも優先順位は変わる。
演奏スタイルに応じた応用:ソロピアノとコンピングでのフォームの使い分け
AフォームとBフォームの選択基準は、理論上のボイスリーディングだけで決まらない。どの楽器と一緒に鳴らすのか、左手が何を担当するのか、右手がどの音域を使うのかによって答えは変わる。
コンピングでは、ベースが根音を担当するため、左手は3度と7度の関係を明確にし、必要なテンションだけを加えればよい。AフォームとBフォームを交互に使うことで、コード進行に沿った滑らかな線を作りやすい。
ソロピアノでは、低音のルート、内声、メロディーを一人で扱う。そのため、左手にルートレスヴォイシングだけを置くと、和声の重心が不足することがある。Bフォームの低い7度をルートの代わりに扱おうとすると、コードの根音が曖昧になる場合もある。そこで、低音のルートを別に置く、ヴォイシングの音数を減らす、右手へ一部のテンションを移すといった処理が必要になる。
メロディーがある場合
右手にメロディーがある場合は、左手のフォームをコードネームだけで選ばない。メロディーがコードの3度、7度、テンションのいずれかをすでに鳴らしているなら、左手で同じ音を重ねる必要はない。
たとえば、右手が9度を長く保持している場面で、左手のヴォイシングにも同じ9度を加えると、音域によっては響きが重くなる。逆に、右手が3度を明確に提示しているなら、左手は7度を中心にして、フォームの密度を下げることができる。
このときAフォームかBフォームかという二択は、4音をすべて弾く前提から解放される。フォームは完全な形を毎回再現するための型ではなく、3度と7度を含む声部配置を考えるための出発点になる。
ベースラインが動く場合
ベースラインがコードのルートだけでなく、経過音やアプローチノートを含む場合、ピアノ左手の最低音はさらに慎重に扱う必要がある。ベースが上行しているのに、左手が同じ低音域で別の方向へ動くと、二つの低音線がぶつかることがある。
この場合は、Bフォームの最低音が7度になることを利用して、左手をベースの少し上へ退避させる方法がある。一方、ベースの動きが大きく、左手の最低音がその都度追いかける形になるなら、AフォームとBフォームを交互にするより、内声だけを滑らかに保つほうが自然なこともある。
最低音の移動方向と距離は、コードネームの並びから自動的に決まるものではない。ベースライン、選んだオクターブ、右手の位置を同時に見て、左手の重心が安定する配置を選ぶ必要がある。
最終的に優先すべきもの
ルートレスヴォイシングで迷ったとき、AフォームとBフォームのどちらが優れているかを問うても答えは出ない。先に決めるべきなのは、次のコードへ何を残し、何を動かすかである。
音域が濁っているなら、まず全体の位置を変える。ガイドトーンの連結が不自然なら、AフォームとBフォームを切り替える。最低音が不安定なら、移動方向を決めつけず、実際のオクターブ配置とベースラインを確認する。テンションが衝突するなら、フォームだけでなく音数と間隔を見直す。
コンピングでは、ベースとの分離と内声の明瞭さが先に来る。ソロピアノでは、ルートの支えとメロディーとの空間が加わる。どちらの場合も、フォームを固定することより、和声の機能が無理なく聞こえ、次のコードへ手と耳が自然に進めることのほうが重要である。
AフォームとBフォームは、二つの完成形ではない。音域とボイスリーディングの間で、演奏者が配置を選ぶための二つの基準点である。3度と7度を見失わず、最低音の方向と距離をオクターブ単位で確認する。そのうえで、濁りのない音域と最小限の声部移動が重なる場所を探す。
そこまでできれば、AかBかという迷いは、単純な暗記の問題ではなくなる。コード進行の中で、どの音を残し、どの音を動かすかを選ぶ問題になる。ルートレスヴォイシングの実用的な選択基準は、まさにその判断にある。
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