
ジャズピアノの耳コピ、すなわちトランスクリプションは、音源を聴いて鍵盤上に再現する作業である。しかし実際に必要なのは、音を一個ずつ無秩序に探す能力ではない。基準音に対する度数を認識し、フレーズを記憶し、コード進行から候補音を絞り込む能力である。
絶対音感は必須ではない。相対音感とコード理論があれば、聞き取れない音を段階的に減らすことができる。逆に、理論を持たずに鍵盤だけで音を探すと、音源と鍵盤の間を何度も往復することになる。これは練習量の問題ではなく、手順の問題である。
耳コピで音が聞き取れない本当の理由
耳コピで最初に起きる失敗は、再生直後にピアノへ触れることである。音源から短いフレーズが鳴る。学習者は鍵盤を押す。違う。別の鍵盤を押す。さらに違う。やがて音源の記憶が薄れ、鍵盤上の試行錯誤だけが残る。
この方法では、耳は音程を判断していない。直前に押した鍵盤との比較だけを行っている。結果として、音源の音ではなく、自分が作った候補音を聴く状態になる。
聞き取れない原因は、おおむね次の四つに分解できる。
- フレーズを短期記憶に保持できていない
- 音程ではなく鍵盤の位置から音を探している
- リズムと音高を同時に採譜している
- コードに対する度数の候補を持っていない
この四つは別々の問題ではない。フレーズの記憶が曖昧であれば、最初の音と最後の音も決まらない。リズムが不明であれば、同じ音高でもフレーズの輪郭を再現できない。コード理論がなければ、聞こえた音が3度なのか、♭9なのかを判断できない。
音感不足という説明が不十分な理由
絶対音感は、基準音なしで音名を判断する能力である。耳コピにおいて、それは便利な能力ではある。しかし必須条件ではない。
ジャズのフレーズは、単独の音名よりも和音に対する位置、つまり度数で理解したほうが再現性が高い。たとえば、G7上で鳴る音がC♯であるとする。この音を絶対的な音名として記憶する方法もある。しかし、Gに対する♯4、あるいは♭5として把握すれば、別の調へ移調できる。
耳コピの対象がハ短調のフレーズでも、実際に学ぶべき内容は「C♯という音」だけではない。G7に対するオルタードテンションとしての♭5、Cm7へ解決する直前の緊張音としての機能である。
聞き取る対象は音名ではない。コードに対する度数と、その度数が移動する順序である。
この視点を持つと、音源のキーが変わってもフレーズの構造は維持される。耳コピは記憶ではなく、構造の抽出になる。
音源の音数が多い場合の処理
ジャズピアノのソロは、単音だけで構成されているとは限らない。右手のラインに左手のボイシング、ベース、ドラムのアクセントが重なる。特にコンピングを含む録音では、音の輪郭が混ざる。
ここで全音域を同時に聞こうとしてはいけない。対象を分離する必要がある。
1. 右手の最も高い音を追う
2. ベースまたは左手の最低音を追う
3. 中間音はコード理論から補完する
4. 最後にリズムとアタックを確認する
和音の内部音は、最初から完全に聴き分ける必要がない。トップノートとボトムノートが決まれば、ボイシングの候補は大きく減る。たとえば、最低音がG、最高音がA♭であれば、G7上の♭9を含む配置を疑うことができる。最低音がないルートレス・ボイシングなら、トップノートと3度・7度の関係からコードを推定する。
音源から得られる情報を、音高、リズム、機能に分ける。これが最初の整理である。
楽器に触れる前にフレーズを歌い切る
ジャズピアノの耳コピで最も省略されやすく、最も効果が大きい工程が歌唱である。ここでいう歌唱は、正確な発声技術を意味しない。音源を止めた状態で、フレーズの音高とリズムを声で再現できる状態を指す。
鍵盤を押す前に、対象フレーズを何度も聴く。1〜2小節程度の短い区切りにする。音源を再生し、停止する。停止後も頭の中でフレーズが継続しているかを確認する。声に出して再現する。ここで再現できないなら、鍵盤を触っても音を特定する準備ができていない。
歌えない音は、まだ聞けていない
フレーズを聴いた直後に、音の高さを曖昧なまま鍵盤で探すと、探索が不安定になる。歌唱には二つの役割がある。
一つは、音高の記憶を固定することである。もう一つは、リズムと音高の関係を分離せずに保持することである。
たとえば、3連符の最後にアプローチ・ノートが置かれ、その次の拍でコードトーンへ解決するフレーズがある。このフレーズを音名だけで覚えると、アプローチ・ノートの位置が崩れる。逆に、リズムを含めて歌えば、どの音が拍のどこに配置されているかが残る。
声に出すことが難しい場合は、まず母音だけでよい。次の順序で精度を上げる。
- 音源と同じリズムで、音高を一定にして歌う
- 音高の上下だけを声で再現する
- フレーズ全体の輪郭を保ったまま歌う
- 最後に各音の高さを近づける
この順序を逆にしてはいけない。最初から個々の音名を当てようとすると、全体の輪郭を失う。
歌唱を中心にした3ステップ
耳コピの初期段階では、次の3ステップを基本単位とする。
1. 歌う
音源を1〜2小節で区切り、停止後にフレーズを口ずさむ。音高だけでなく、休符、裏拍、音の長さも含める。
2. 最初と最後の音を取る
フレーズの開始音と終了音を鍵盤で特定する。コード進行が分かっている場合は、それぞれの音を度数で記録する。
3. 中間を埋める
最初と最後の間を、リズム、順次進行、跳躍、アプローチ・ノートに分けて再現する。
この方法は、フレーズ全体を一度に解こうとしない。両端を固定し、その間の候補を減らしていく方法である。
単音フレーズは最初と最後の音から逆算する
単音のアドリブ・ラインが聞き取れない場合、すべての音を左から順に決定する必要はない。まず最初の音と最後の音を特定する。中間の音は、その二点を結ぶ運動として処理する。
最初の音はリズムと結びつける
開始音を探すとき、音高だけを聴くと見失いやすい。音が鳴った瞬間の位置を確認する。
- 小節の1拍目か、裏拍か
- 前の小節からタイで伸びているか
- 休符の後に発音されているか
- コードが変わる直前か直後か
- アクセントがあるか
同じ音高でも、拍の位置が異なれば機能は変わる。コードチェンジの直前に置かれた音は、次のコードへのアプローチである可能性がある。コードチェンジの直後に置かれた音は、新しいコードの3度や7度である可能性が高い。
音高の決定は、時間軸から切り離せない。
最後の音は解決先を示す
フレーズの終点は、和声上の情報量が大きい。特に強拍に置かれた長い音は、コードトーンである可能性が高い。
たとえば、G7からCm7へ進む箇所で、フレーズがC、E♭、またはB♭に着地しているとする。これらはCm7に対するルート、短3度、短7度であり、解決先として説明しやすい。反対に、D♭で止まっているなら、短9度として残るのか、次の音へ進む途中なのかを確認する必要がある。
音の長さも判断材料になる。短い経過音なのか、着地点として保持されているのか。音名だけではなく、持続時間と拍位置を含めて度数を決定する。
中間音を機能別に分類する
最初と最後の音が決まったら、中間音を次のように分類する。
- コードトーン
- スケール上の経過音
- 半音アプローチ
- クロマチック・エンクロージャー
- 上方または下方からのターゲット音への接近
- 拍の位置をずらすためのリズム上の装飾音
ここで重要なのは、すべての音を同じ重要度で扱わないことである。コードトーンとアプローチ・ノートは、機能が異なる。たとえば、Dm7♭5上でA♭へ進むラインに、Aナチュラルが短く置かれている場合、その音をスケールの構成音として固定するより、A♭への半音上方アプローチとして解釈したほうが説明しやすい。
度数で記録する
Cマイナーのフレーズをそのまま音名で記録すると、別のキーで使うときに再構成が必要になる。最初からコードに対する度数を併記する。
例として、G7上の次の動きを考える。
- B―A♭―G―F―E♭
- 3度―♭9―ルート―♭7―♭13
このラインは、単なる5音の並びではない。3度でコードの性格を明示し、♭9で緊張を作り、ルートへ戻り、♭7と♭13へ下降している。どの音がコードの骨格で、どの音がテンションなのかを区別できる。
音源のキーが変わっても、度数関係は保たれる。耳コピしたフレーズをアドリブで利用するなら、音名よりも度数が優先される。
リズムを音高から分離する
音が聞き取れないとき、原因が音高にあるとは限らない。ジャズのフレーズでは、音数よりも発音位置が識別を難しくする。
裏拍に置かれた短い音、タイでつながる音、3連符の一部だけを抜き出したリズムは、音源のテンポが速いと輪郭を失う。音高を何度聴いても合わない場合、先にリズムだけを採譜する必要がある。
先に拍を書き出す
紙や記譜ソフトを使い、音名を空欄にしたままリズムを記録する。1〜2小節を対象にして、次の項目だけを確定する。
- 発音する位置
- 休符の位置
- 音の長さ
- タイの有無
- アクセントの位置
- 3連符やシンコペーションの有無
その後、すべての音を同じ高さで歌う。リズムが音源と一致しているかを確認する。リズムが安定してから音高へ移行する。
この分離によって、耳は一度に処理する情報量を減らせる。音高とリズムを同時に決める方法は、初心者にとって効率が悪い。熟練者でも、複雑なフレーズでは分解して処理する。
スウィングの長短を固定しすぎない
スウィングの8分音符は、常に機械的な3連符比率になるわけではない。テンポ、演奏者、フレーズの位置によって長短の比率は変化する。したがって、耳コピの段階で音価を過剰に数値化する必要はない。
まずは、次の音が表拍にあるのか裏拍にあるのかを確定する。音の長さは、フレーズのアクセントと次の発音位置から推定する。譜面上の完全な数値より、演奏時に崩れない拍の配置を優先する。
音符の長さが不明でも、発音位置が一致していればフレーズの骨格は再現できる。反対に、音高が正しくても発音位置が違えば、原型とは別のラインになる。
マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰで聞き取るべき和声の位置
ジャズピアノの耳コピで、最初に構造を利用しやすいのがⅡ-Ⅴ-Ⅰである。ここでは、コードネームを読むだけでは不十分である。各コードに対する3度と7度の位置を把握する。
ハ短調のマイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰを例にする。
- Dm7♭5:♭3度はF、♭5度はA♭、♭7度はC
- G7:3度はB、♭7度はF
- Cm7:ルートはC、短3度はE♭、♭7度はB♭
G7からCm7へ進むとき、BはE♭へ、FはE♭またはDへ動くことができる。これが和声の骨格である。ソロに多くのテンションが含まれていても、3度と7度の動きを追えば、ラインがどこへ向かっているかを推定できる。
オルタードテンションを音名で追わない
G7上で使用される音には、♭9、♯9、♭5、♯5がある。これらは、Cm7へ解決する直前の緊張を形成する。
音源にA♭、A♯、D♭、E♭が現れた場合、個別の音名として記憶するより、G7に対する次の度数として把握する。
| 音の機能 | G7に対する度数 | 典型的な役割 |
|---|---|---|
| B | 3度 | メジャー感を決定し、Cm7のE♭へ解決しやすい |
| F | ♭7度 | ドミナント機能を示し、EまたはE♭へ進みやすい |
| A♭ | ♭9度 | 強い緊張を作り、GまたはE♭へ接近する |
| A♯ | ♯9度 | 短3度に近い不安定なテンションとして機能する |
| D♭ | ♭5度 | トライトーン領域を形成し、CまたはBへ接近する |
| E♭ | ♯5度 | Cm7の短3度へつながる色彩的な緊張になる |
ここでいう機能は固定ではない。リズム、前後の音、ボイシング、ベースの動きによって解釈は変わる。しかし、候補を度数で限定できるだけで、無作為な鍵盤探索は減少する。
理論は答えではなく候補の縮小装置である
コード理論を知っていても、音源の音を自動的に確定できるわけではない。理論が提供するのは、候補の集合である。
G7上で長く伸びる音なら、3度、♭7度、テンションのいずれかを疑う。短く経過する音なら、スケール音、半音アプローチ、エンクロージャーの一部を疑う。Cm7への解決直前なら、ターゲット音へ向かう半音進行を疑う。
この推論は、音を聴かずに決めつけることとは異なる。聴覚で得た情報に、和声の制約を加える方法である。
理論は耳の代わりにならない。耳が拾った曖昧な情報を、候補から構造へ変換する。
和音の耳コピはトップノートとボトムノートから始める
ジャズコードの耳コピが難しい理由は、同時に鳴る音の数にある。4声、5声のボイシングを一度に分離することは困難である。ここでも、全音を同時に確定しようとしてはいけない。
最初にトップノートとボトムノートを取る。トップノートはボイシングの輪郭を作る。ボトムノートはルート、ベース音、または左手の最低音を示す。二つの音が決まれば、内部音の候補をコード理論から推測できる。
ルートありのボイシング
左手にルートがある場合、ボトムノートはコードの根音と一致しやすい。ただし、経過ベースや代理コードが入る場合は一致しない。
たとえば、ボトムノートがG、トップノートがAであれば、G7に対する9度を含む配置が候補になる。トップノートがA♭なら♭9、Bなら3度、Fなら♭7である。
ここで内部音を探すとき、まず3度と7度を確認する。G7であればBとFである。トップノートがAで、内部にBとFがあるなら、G7の9度を含むボイシングとして説明できる。内部音がDやEであれば、5度や13度を含む可能性が出る。
ルートレス・ボイシング
左手がルートを弾いていない場合、ボトムノートをそのままコードルートと定義してはいけない。ルートレス・ボイシングでは、3度と7度、テンションが中心になる。
Cメジャー7を例にすると、左手のボイシングはE、B、D、Gなどで構成できる。ボトムノートのEはルートではなく3度である。トップノートのGは5度、Dは9度に相当する。
この場合、次の三点を確認する。
- ボトムノートが3度か7度か
- トップノートがコードトーンかテンションか
- 直前と直後のコードで各声部がどの方向へ動いているか
ボイシングは縦の音程だけでなく、横の声部進行によって判定する。単独の和音を取り出して聞くより、前後のコードを含めて聴いたほうが機能が明確になる。
ボイシングをすべて採譜する必要はない
アドリブの耳コピが目的なら、コンピングの内部音を完全に採譜する必要はない。ソロの音高、リズム、和声上のターゲットを優先する。
一方、ジャズコードの耳コピが目的なら、トップノートの動きを中心に記録する。トップノートが半音ずつ下降しているなら、内部音が同じでもボイシングの印象は変わる。逆に、内部音が変化していてもトップノートと3度・7度が維持されていれば、機能は保たれる場合がある。
採譜の目的を先に定義する。
- アドリブ再現が目的なら、メロディとリズムを優先する
- ボイシング習得が目的なら、トップノートと3度・7度を優先する
- コンピング分析が目的なら、ベース、発音位置、声部進行を記録する
目的のない完全採譜は、情報量が過剰になる。
再生速度を落とすときの正しい使い方
音速変更は、耳コピの補助になる。0.5倍速から0.75倍速程度へ落とすと、短いアプローチ・ノートや裏拍の発音位置を確認しやすくなる。
ただし、速度を落とせば自動的に聞き取れるわけではない。再生速度を変更する前に、対象区間を短く切る必要がある。1〜2小節を選び、繰り返し再生する。長いソロ全体を低速で流しても、情報は整理されない。
ショートセクションを一単位にする
耳コピの単位は、曲全体ではなく短いセクションである。次のように区切る。
- 1小節目の1拍目から2拍目まで
- コードチェンジ直前の2拍
- フレーズの開始音から解決音まで
- 4小節フレーズのうち、最初の1〜2小節
区切りが短すぎると、前後の和声が分からなくなる。長すぎると、記憶できる情報量を超える。1〜2小節は、リズムと和声の関係を保持しながら処理しやすい長さである。
速度変更とループの手順
再生アプリを使う場合は、次の順で進める。
1. 原速で対象区間を数回聴く
2. フレーズを声で再現する
3. 0.75倍速でリズムを確認する
4. 0.5倍速で開始音と終了音を探す
5. 鍵盤で中間音を確認する
6. 原速へ戻し、リズムとアタックを再確認する
7. 別のキーへ移調する
低速で取った音は、原速に戻ると別の音に聞こえる場合がある。これは音高の問題ではなく、発音のまとまりが変わるためである。最終判断は原速で行う。
速度を落とした状態で弾けることと、原速でフレーズが機能することは別である。低速再生は分析用であり、完成形ではない。
耳コピしたフレーズをアドリブへ移す
採譜したフレーズを、譜面上で再現できるだけでは不十分である。アドリブで使うには、コード進行との対応を保持したまま複数のキーへ移す必要がある。
まずコード内の位置を固定する
フレーズを音名で暗記すると、曲のキーに依存する。次の要素を記録する。
- 開始コード
- 開始音の度数
- フレーズ内のターゲット音
- 解決先のコード
- 解決音の度数
- 特徴的なリズム
- 半音アプローチの方向
たとえば、G7の♭9からCm7の短3度へ進むフレーズであれば、キーが変わっても同じ構造を維持できる。音名を移動させるのではなく、コードに対する度数を移動させる。
フレーズを部分化する
長いソロを一続きで覚えると、実戦で取り出せない。機能ごとに分割する。
- 3度へ着地する短いモチーフ
- ♭9からルートへ解決するアプローチ
- 7度から3度へ下降するライン
- コードチェンジをまたぐ半音進行
- 3連符でターゲット音を囲むエンクロージャー
これらを単独で練習し、次に異なるコード進行へ移す。フレーズ集を増やすより、少数のフレーズを度数構造まで分解したほうが応用範囲は広い。
そのままコピーしない
耳コピしたフレーズを、すべてのコードに機械的に貼り付ける方法は成立しない。フレーズが持つ機能を確認する必要がある。
ドミナント上の♭9を含むラインは、メジャー・トニックへ解決する場合と、マイナー・トニックへ解決する場合で扱いが変わる。短3度へ着地するラインを、メジャー・トニック上でそのまま使用すれば、ターゲット音の意味が変わる。
次の項目を判定してから移用する。
- メジャー解決かマイナー解決か
- ドミナントの持続時間
- 解決音が3度か7度かルートか
- オルタードテンションが経過音か保持音か
- フレーズの発音位置がコードチェンジの前後どちらにあるか
音符の形だけをコピーしてはいけない。和声上の役割をコピーする。
ジャズピアノの耳コピで使う練習記録
耳コピは、聴いて終わる練習ではない。記録形式が曖昧だと、後でフレーズの構造を再利用できない。
最低限、次の四種類を記録する。
1.リズム譜
音名を省き、発音位置と音価だけを書く。音高に引きずられず、フレーズの推進力を確認できる。
2.音名
鍵盤上で再現するための情報である。最終的な確認には必要だが、これだけでは移調できない。
3.度数
コードに対する位置を記録する。アドリブへの転用には最も重要である。
4.運指
すべての指使いを固定する必要はない。しかし、半音アプローチや跳躍を含む箇所では、運指がリズムの安定性に影響する。速度を上げる前に、無理のないポジションを定める。
記録例は次のようになる。
| 項目 | 記録内容 |
|---|---|
| 進行 | Dm7♭5―G7―Cm7 |
| 開始位置 | G7の2拍裏 |
| 開始音 | G7に対する♭9 |
| 中間構造 | 半音下降、コードトーンへの接近 |
| 解決音 | Cm7の短3度 |
| リズム | 裏拍開始、3連符を含む |
| 用途 | マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰのドミナント解決 |
このように記録すると、単なる音列が和声構造へ変換される。
聞き取れない状態から抜けるための実践手順
ここまでの内容を、1回の練習で実行できる形にまとめる。目的は、長時間の反復ではない。音源から得る情報を、順序どおりに処理することである。
第1段階:対象を限定する
曲の1コーラス全体を選ばない。2小節程度を選ぶ。特に、コードチェンジが明確で、フレーズの終点が聴き取りやすい箇所を選ぶ。
最初から高速な連続ラインや複雑なコンピングを対象にすると、失敗の原因を特定できない。短く、和声が明瞭な箇所から始める。
第2段階:声で再現する
音源を停止して、フレーズを歌う。歌えない場合は、さらに短く区切る。開始音と終了音だけでもよい。声が音源の輪郭を保持できるまで、鍵盤へ移らない。
第3段階:リズムを確定する
音高を一つに固定して、リズムを再現する。表拍と裏拍を明確にする。音の長さと休符を確認する。
第4段階:両端の音を特定する
最初の音と最後の音を鍵盤で探す。開始音は発音位置、終了音は解決先のコードとの関係から判断する。
第5段階:中間音を度数で埋める
コードトーン、テンション、経過音、アプローチ・ノートに分類する。音名だけで確定しない。各音がどのコードに対して何度なのかを記録する。
第6段階:原速で確認する
低速で取ったフレーズを、原速で聴く。アタック、アクセント、音の長さを調整する。低速で正しくても、原速でリズムが崩れるなら未完成である。
第7段階:移調する
最低でも別のキーへ移す。マイナーⅡ-Ⅴ-Ⅰなら、進行全体を移動させる。移調できない場合、フレーズを音名で記憶している可能性が高い。度数へ戻って再整理する。
代替可能なボイシングと練習パターン
耳コピした和声をピアノで確認する場合、原音源と同じボイシングを完全に再現できなくてもよい。和声機能が保たれていれば、複数の配置を試せる。
ルートを含む基本形
左手でルートを弾き、右手で3度、7度、テンションを配置する。最初の確認に適している。音の機能を聴き分けやすい。
- ルート―3度―7度
- ルート―7度―3度
- ルート―3度―7度―9度
- ルート―7度―9度―13度
音域が低すぎると濁るため、内部音の配置は中音域へ置く。これは演奏上の絶対規則ではない。耳コピのために各音の機能を分離する配置である。
ルートレスの基本形
ベースがルートを担当している場合、左手は3度と7度を中心に置く。ドミナントでは、3度と7度がコードの性格を決める。
- 3度―7度―9度
- 7度―3度―13度
- 3度―♭7度―♭9度
- ♭7度―3度―♭9度―♭13度
G7であれば、BとFが骨格になる。A、A♭、E♭、D♭などを加えることでテンションが変わる。耳コピしたトップノートに合わせて、内部の3度と7度を置き換える。
トップノートを固定する練習
ボイシングの耳コピでは、トップノートを歌いながら内部音を変える方法が有効である。
たとえば、トップノートをAに固定し、左手の配置だけを変更する。G7の9度として響かせる場合、3度Bと♭7度Fを組み合わせる。次にトップノートをA♭へ変え、♭9として同じコード上で比較する。
この比較によって、テンションの名称だけでなく、響きの差を耳で確認できる。主観的な形容は不要である。3度、7度、9度、♭9度という度数の差が、音響上の差を生む。
アドリブ・フレーズの代替パターン
採譜したラインを、そのまま一つの形に固定しない。ターゲット音を維持したまま、アプローチの方向を変更する。
- 下方半音からターゲット音へ進む
- 上方半音からターゲット音へ進む
- 上下からターゲット音を囲む
- コードトーンを順次進行で接続する
- テンションから3度または7度へ解決する
たとえば、Cm7の短3度E♭をターゲットにする場合、DからE♭へ進む、EからE♭へ戻る、D―E―E♭で囲むなどの形が考えられる。重要なのは、最終音の機能を維持することである。
耳コピを阻害する練習の誤り
耳コピが進まないとき、練習時間を増やす前に手順を確認する必要がある。
曲全体を一度に採譜する
長い区間を記憶しようとすると、フレーズの境界が曖昧になる。短い区切りへ戻る。1〜2小節で記憶できないものを、8小節単位で扱ってはいけない。
鍵盤で最初から音を探す
鍵盤は確認の道具であり、記憶の代替ではない。音源を聴く、歌う、音を予測する、鍵盤で確認する。この順序を維持する。
音名だけで記録する
音名は再現には使える。しかし、移調と分析には不十分である。コードに対する度数を併記する。
リズムを後回しにする
音高が正しくても、裏拍が表拍になればフレーズの性質は変わる。リズム譜を先に作る。少なくとも開始位置と終了位置は記録する。
低速再生を完成形と勘違いする
低速では音が分離して聞こえる。しかし、原速ではアタックがまとまり、複数の音が一つの運動として聞こえる。最終確認は原速で行う。
完全な譜面を目標にする
目的がアドリブの構築なら、全音域の完全採譜より、ソロのターゲット音、リズム、度数を優先する。目的に不要な情報を増やすと、分析の焦点がぼやける。
ジャズピアノの耳コピは、聴覚だけで完結しない
耳コピは、耳の訓練である。しかし、耳だけに任せる作業ではない。相対音感、リズム認識、コード理論、記憶、鍵盤上の確認を順番に接続する作業である。
音が聞き取れないとき、最初に疑うべきは才能ではない。対象区間が長すぎないか。歌える状態を経ているか。リズムと音高を分離しているか。トップノートとボトムノートを先に取っているか。コードに対する度数を持っているか。
ジャズピアノのアドリブでは、音を多く弾くことより、音の機能を把握することが先にある。1〜2小節のフレーズを歌い、最初と最後の音を定め、中間を度数で埋める。和音はトップノートとボトムノートから分解し、3度と7度を骨格としてテンションを追加する。最後に原速へ戻し、別のキーへ移す。
この手順であれば、絶対音感がなくても耳コピは進行する。聞き取れない音は、無秩序な障害ではない。リズム、音高、和声のどこに問題があるかを分解できる対象である。
最終的に残すべき形は、音名の列ではない。コード進行、度数、解決方向、リズム、そして代替可能なヴォイシングである。アドリブへ転用できる耳コピとは、その構造まで再現されたものを定義する。
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