
NEAジャズ・マスターは、米国の芸術分野において最も歴史ある顕彰制度のひとつだとされています。ジャズという括りだけでも、近年はそうそうたる面々が名を連ねてきました。その長い系譜のなかに、ラッシェンの名前が加わる——今回の発表を、そんな重みを受け止めるべき出来事として、静かに噛みしめたいところです。
「ジャズ」と「ジャズでないもの」を自由に行き来する手つき
ジャズタイムズの特集でも触れられているように、ラッシェンはジャズピアニストであると同時に、長い作編曲家としてのキャリアも重ねてきた方です。ポップスやR&Bのフィールドでも広く知られる彼女ですが、その根っこには確かなジャズの語彙が流れています。
つまり、彼女のピアノは「ジャンルを超えてきた人間だからこそ持てる音」の宝庫だと言えるかもしれません。ジャズピアノを練習する私たちにとって、こうした「型」をどう自分のなかで柔らかく生かすか——彼女の経歴そのものが、そのお手本になってくれますよね。
彼女の「打鍵」から、何が学べるか
ここからは、少し具体的な話に踏み込んでみましょう。
ジャズタイムズが取り上げた彼女の奏法について、私たちが普段の練習に置き換えられるヒントは、大きく分けて三つあると感じています。
一つ目は、左手の「厚み」です。彼女の伴奏は、ただコードを押さえるのではなく、ベースの跳ねと和音の余韻が同時に立ち上がってくるような音作りをしています。鍵盤に指を置くとき、「指の腹で鍵盤を抱き込む」くらいのイメージを持っていただくと、急に音が立体的に変わっていきますよ。力みを抜き、鍵盤と指先のあいだにほんの少し余白を残す——その感覚で、左右の音がまるで会話を始めるように動き出します。
二つ目は、右手の「歌心」です。彼女が旋律を弾くとき、音と音のあいだに必ずほんの少しの「呼吸」が入ります。これはテクニックの問題というよりも、息づかいを聴かせる意識の問題です。フレーズの切れ目に一拍分の余白を許すだけで、急に歌らしく聴こえ始めます。息を吸うように指を「持ち上げる」瞬間を意識してみてくださいね。
三つ目は、ジャンルを行き来する「視点の柔らかさ」です。彼女は、ジャズの文法でポップスを鳴らし、ポップスの感覚でジャズを奏でてきた方です。私たちの練習でも、一つのスタイルに固執せず、「今日はこの曲でポップスの呼吸を使ってみよう」と試してみる。その小さな冒険が、きっと音色を広げてくれます。
今夜、鍵盤のうえで確かめてみたいこと
もしよろしければ、今夜ほんの十分程度、彼女の弾き方を自分の指で追いかけてみませんか。
まずは、彼女の演奏を「参考」として流しながら、左手だけでコードを押さえてみてください。指先に力を入れすぎず、鍵盤を抱き込むように置きます。最初は「あれ、いつもと違う」と感じるかもしれませんが、数分も続けていると、指と鍵盤のあいだに静かな会話が生まれ始めます。
次に、右手だけでメロディを追います。フレーズの切れ目で、わざと一拍、息を吸ってみてください。呼吸を意識するだけで、音が「歌」に変わっていくのが、きっとわかるはずです。焦らず、耳を澄ませて。
最後に、ふたつの手を合わせて、いつも弾いているフレーズを「彼女の視点で」弾き直してみます。ほんの数小節で十分です。
小さな一歩で十分です
偉大なプレイヤーの名前を目にするたび、「自分には到底届かない」と縮こまってしまう方がいらっしゃいますよね。わたしも、駆け出しの頃はそうでした。
でも、ラッシェン自身が歩まれてきた道のりも、最初から今の音色をお持ちだったわけではないはずです。ひとつのジャンルにとどまらず、長い時間をかけて「自分の音」を静かに育ててこられた。その歩みのなかに、私たちが真似できるヒントはたくさん散りばめられています。
まずは今夜、彼女の響きを「参考にする」時間を、ほんの十分だけ練習の冒頭に入れてみてください。いつものウォーミングアップの延長で十分です。焦らず、鍵盤と対話するように、試してみてくださいね。
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